あのDr.ヤンデルの本である。と言われても「?」の人が多いかもしれない。ツイッターのフォロワー数10万人近く、間違いなく日本でいちばん有名な病理医だ。ツイッターもブログも、これまでに出された本も、ちょっと意外な角度から医学を眺めている感じ。けれど、とても納得いく説明をしてくれる(たぶん)とてもいいお医者さんである。
そのヤンデル先生がヤムリエを買ってでてくれた。病院をえらぶソムリエ、病のソムリエでヤムリエ。ちょっと無理があるような気がしないでもないけど、まぁまけといてあげましょう。なにしろ内容が素晴らしいのです。
『ヤムリエの作法』は総論と各論に分けられていて、総論の四つの章では、どのように病院を選ぶべきかが述べられている。まず第一章は、ヤンデル先生が電話で病気相談をうけた時にするアドバイス。それはズバリ「病院へ行ったほうがいい」。
さすがヤンデル先生、指導はシンプルなれど的確だ。多くの人はできたら電話で安心させてほしいと考えている。しかし、無責任すぎてそんなことできはしない。
ではどんな病院へ行くべきか、が第二章で教えてもらえる。それは、一に通いやすくて、二に通いやすくて、三に通いやすくて、四に通いやすい病院。「なめとんのかっ!」と怒ってはいけません。四つの視点から「通いやすい」こそがいかに大事であるかが、きちんと説明されていきます。
お次は何科の診療をうけるべきか。子どもだから小児科とかいうのはすぐわかる。しかし、最初に何科にすべきかがわからない場合もよくあることだ。それに、大きな病院では、やたらと診療科の数が多くて目がくらんだりする。それについての説明が第三章である。
ざっくりと内科系と外科系にわけて考える。よほどのことがない限り外科系には最初に行かない。そして何よりも大事なのは、自分の症状を正しく把握して説明できるようになっておくこと。お医者さんにとっては、きちんとわかるように話してくれる患者さんがありがたい。
もうひとつの難問は、どの規模の医療施設がいいか問題。大病院の方が安心感は高いが、Dr. ヤンデルのヤムリエ第一法則(と言っていいのか)である「通いやすい」に反することがままあるからだ。
第四章では、その第一法則がどうして最優先されるべきかが明かされる。それは「安くてラク」だから。怒ってはいけません、アゲイン。普段の生活を考えてみればわかる。誰もが「安くてラク」をしたいではないか。病気になったからといえ、その姿勢を崩す必要はないのである。
そして、大病院にすべきか、他にもっといい選択があるのではないか、などが、「安くてラク」をキーワードに軽快に論じられていく。
第二部の各論は、どのような病気の時には、どう考えてお医者さんにかかるべきかについての七章だ。総論は作法というよりも、病院選びのマニュアルのようなもの。各論こそが作法という内容にふさわしい。
一般的な風邪、血圧や高コレステロールや高血糖といった生活習慣病、アレルギーや睡眠の悩みといった少しわかりにくい内科的疾患、急性の心臓病や脳の病気、ちょっと恥ずかしい性病、がん、健康診断でひっかかっての受診、という七つの章に分けられての解説である。
ふつうの医学書とはひと味ちがった分類だが、いろいろな病気の特徴がうまくまとめられている。これを読んで理解しておけば、自分の病状を上手にお医者さんに説明できるお作法が身につくこと間違いなし。
第九章『病院通いは恥なのか(性病、ナイーブな部位の病気で病院にかかるということ)』はスリルとサスペンスにあふれている。なにしろ、ヤンデル先生が若きころ性病に罹った時の赤裸々な話がメインなのである。
この章の貴重な結論は「性病というのは『感染症』の一つに過ぎず、けれどもなぜか『性病』だけがタブー視」されている、ということ。どんな病気でも恥ずかしことなどない、体の調子がおかしいと思えば受診すべきなのだ。
誰もがかならず病気になる。そして医療機関のお世話になる。当たり前のことなのだけれど、健康な時にそう考えて心づもりをしている人はほとんどいない。まぁ、これまでは、心づもりをするにも、どうすればいいかがわからなかったせいもある。
しかし、これからは違う。この本を読めばいい。そうすれば、病院選びの方法論だけでなく受診のお作法も身につけることができる。みなさんもぜひヤンデル流ヤムリエ作法を身につけて、病院選びの達人を目指してもらいたい。
丸善『學鐙』2019年夏号から転載