コンビニのレジの人、どこの国の人だろう? 技能実習生が失踪って、なぜそんなことに? 移民に関する政策ってどうなっている? 日本に「暮らす」在留外国人はすでに263万人、日本の人口の約2%だ。ただ、その内訳は思った以上に複雑だ。周りに外国人は増えていくのに、自分は対応できていないような。この、大きすぎてわからない問題をクリアに「見える」化してくれる、しなやかな一冊の登場だ。
「移民」を真っ向から丹念に書く著者の望月優大さんは、1985年生まれ。経歴が華やかで、東大で修士課程を終えた後、経済産業省、グーグル、スマートニュース、を経て独立し、現在は株式会社コモンセンスの代表をつとめる。
最近では「ニッポン複雑紀行」なるウェブマガジンで、その文章をご覧になった方もいるかもしれない。
これは「日本の移民文化・移民事情を伝える」ことを目的とした、難民支援協会のウェブマガジンで、望月さんはライター兼編集長とのこと。じっくりと聞くインタビュー形式のその文章は、目的のその言葉通りで移民のひとりひとりの人間像に迫るルポのようにも読め、とてもおもしろい。シンプルなスタンスなので、いつしかその人物が身近に感じられてくる。というよりも、会いたくさえなってくる。
とはいえ、「移民」のことを扱っている本というと、「かわいそう」のスタンスなのではと、身構えないでもないと思う。だが、それは杞憂だ。というのも、目の前の人物の状況に寄り添う姿勢は持ちつつも、数字データや法律を分析して具体化し、社会全体を俯瞰する視点が同時にあるからだ。
望月さんが1985年生まれだと書いたが、なにしろこの30年間で在留外国人は、なんと94万人から263万人に増えている。「外国人が身近で増えて当たり前」という日本で生まれ育った感覚と視点はとても現実的で、「移民」とどう共生していくかを模索して書いているように思える。
もとより、この263万人という数字の現実にまず驚く人が多いと思う。よく聞くセリフだが「これから外国人労働者を入れていく」という段階ではなく、すでにこれだけの数がもう入っているのだ。一方で、在留外国人の絶対数でいうと、統計によっては世界のベスト10入りも果たしているのというのに、なぜか私たちは日本が「移民国家」だという認識を強く持っていない。確かに「移民の問題」というのは、どこか遠く、フランスやドイツなどヨーロッパでの排外主義的な話だと思っているところがないだろうか。
それに対する答えには、意外にあっけないのだが、大いに納得した。日本の総人口は多いのだ。少子化といはいっても、1億を超す国はそう多くはない。絶対数は263万人でも人口比で考えればおよそ2%、他国に比べると低いのだ。なんどドイツは10.1%、イギリスは8.6%、アメリカは6.9%だという。となると、この国々は「体感する外国度合」とでもいうものが日本よりも相当に高いのかもしれない。ただ、そうなると、少子化で1億を下回るだろう2050年の日本では何パーセントになっているのだろうか、と想像は膨らんでいく。
そうやって、数字で現実を教えて、日本人の「移民」に対する認識を変えるところからこの本は始まる。だから2章までを読むだけでも、大いに勉強になった。
30年の間の在留外国人の国籍別の数の変遷をみるだけでもそうだ。
まず現在(2018年6月末)の人口上位5か国を並べよう。
1位:中国(74万1656人、28.1%)、
2位:韓国(45万2701人、17.2%)
3位:ベトナム(29万1494人、11.1%)
4位:フィリピン(26万6803人、10.1%)
5位:ブラジル(19万6781人、7.5%)
つまり中国だけで3割、上位3カ国で半分以上、上位5か国で全体の7割だ。その後、ネパール、台湾、米国、インドネシア、タイと続く。
振り返ると、1980年代はほとんどが韓国・朝鮮出身者だったが、1990年代になると中国、フィリピン、ブラジル出身者が増大する。減って行った(そこまで入ってきていない)韓国・朝鮮の数を抜いて中国がトップになるのは2007年だ。日系人が多いブラジルは2008年のリーマンショックを機に、解雇ゆえの帰国が増え、減っていく。ベトナムが増えたのは2012年から、留学生や技能実習生が多くなったからだという。
もうひとつ、「移民」とひと言でいっても、日本にいる理由や資格で、立場や安定性がまったく異なる点も大事なところだ。なにしろ在留資格のカテゴリーはなんと26もあるそうだ。それを大まかに5つに分類し、本書では論じていくのだが、多い順に、1位は「身分・地位」(永住者や日本人の配偶者など。定住化傾向が強く、安定している)、2位は「専門・技術」(就労目的の在留資格を持つ)、3位は「留学」(学校に属していれば週に28時間まで就労可能)、4位は昨今失踪がニュースにもなる「技能実習」(最長5年までで帰国が前提。家族を呼べないなど制約が多い)、5位は「家族滞在」(在留資格者の配偶者や子ども)となっている[( )内は適宜まとめてみた]。
外国人労働者は146万人、つまりは在留外国人263万人のうち6割は労働者だ。その国別の内訳はというと、また違う様相が見えてくる。
先ほどのトップ5から韓国は姿を消し6位へ。1位から順に、数は中国、ベトナム、フィリピン、ブラジル、ネパールとなる。つまり、出身国によって労働者率が異なり、入ってきた時期によって日本で求められる役割が違うということだ。ほかにも、技能実習生は製造業に多く、留学生はサービス業が多い、といった傾向や、東京に非常に集中していることなど、在留外国人の分布図がはっきりして、視界がクリアになっていく。
その後、第3章「いわゆる単純労働者」たち、第4章技能実習生はなぜ「失踪」するのか、
第5章非正規滞在者と「外国人の権利」、第6章 「特定技能」と新たな矛盾と続く。
そうして「移民」のレイヤーごとに読み解きは進むのだが、結果、見えてくるのは、日本は「単身で、健康で、いつか帰る外国人労働者」を求めているのではないか、ということだ。
そこに、とあるペルー人夫婦が日本に永住することになった理由も出てくる。1年だけ出稼ぎのつもりで来日したものの、そのまま日本で同郷出身同士で結婚、娘がふたりできた。娘たちはペルー国籍だが日本で育ち、日本語の方が上手だ。娘が生まれたときに日本に住むと決意をしてそのまま30年が経ったという。状況や感情で人は行動を決め、帰国するつもりがそうならないことは当然あるはずだ。そう、人生はわからないものなのだ。人間は鉄や小麦とは違う。モノではなく「人」なのだ。労働のみならず、教育、医療、社会保障……と人間は必ず問題を抱える。統計の予想とは別の方向に行く可能性が大いにあるのに、この「人生の予測不可能性」自体が忘れられることが多い。それが読んでいると伝わってきた。
この「人生の予測不可能性」を予測するのがあるべき政策のはずだが、それはできているだろうか。たとえば、移民が社会に溶け込むのに、何より必須となるのは日本語だろう。ドイツではドイツ語を入国時に教えるというが、日本では受け入れる企業任せの場合が多いそうだ。けれど、そもそも、私たちが日本語を使えるのはなぜだろう。それはきちんと小学校で漢字を習い、読み書きを教わったからだ。それをさせないということは、日本に呼んでも日本社会に入れないという事に等しいとも言える。こうなると、「移民」の扱い方は、どうも自国の日本人に対する扱いの延長にあるようにも思えてくる。これって、「移民」の問題なのか日本人の問題なのか。
どうも、移民のことを考えていくと、日本人の自分たちに話が戻ってくる。それは望月さんの思いでもあるように感じた。こんな言葉が終盤に出てくる。
同じ社会に暮らしていても、一人ひとりは互いの小さな世界の中で暮らしている。互いの存在は見えず、知り合わず、話し合わない。それは私も、あなたも、同じことである。
最近の「移民」事情はどうなっているのかな、となにげなく読み始めた新書で、いつのまにか考えさせられていた。普段見えない世界を教えてくれる、よき一冊だ。「移民」を考える際には手に取ることをお勧めしたい。
本書でも紹介される古い本だが、示唆の多い一冊。