世界ナンバーワンの超大国の米国で、なぜトランプ大統領が誕生したのか。
本書は、新世界を信じた夢想家たちとその末裔が創り上げた米国という「ファンタジーランド(おとぎの国)」の今日に至る500年の長い道のりを、他に類を見ない説得力をもって論じた、全米話題のベストセラーである。
本書で示されている米国の実態は衝撃的である。
例えば、米国人の3分の2が「天使や悪魔がこの世界で暗躍している」と信じていて、半数以上が「人格を持った神が天国を支配している」と信じている。
それ以外にも、「地球温暖化はでっち上げられた嘘である」「宇宙人はすでに地球を訪れている」と信じる者が米国人の3分の1、「政府は国民に対してマインドコントロールの電波を送っている」「9.11(米同時多発テロ)には米当局が関与している」と信じる者が5分の1もいる。
なぜこんなことになってしまったのか──。この問いに簡潔に答えるなら、それは彼らが米国人だからである。
それでは、なぜ米国人は今の米国人になったのか。その答えを、米国建国よりはるか以前の500年前のプロテスタント誕生にまでさかのぼって説明したのが本書である。
米国人は、自分が望むことならどんなことでも信じる。自分の信念には、ほかの人の信念と同じかそれ以上の価値があり、専門家にとやかく言われる筋合いはないと考える。
「あなたはなぜそれが正しいと信じるのか」と聞かれれば、「それは私がそう信じるからだ」とさえ答えればよいのである。
いったんこのアプローチを身につけてしまえば、もはや物事の事実関係や因果関係は意味をなさなくなる。そして、まさにこれこそがトランプ大統領の思考方法そのものなのである。
強烈な個人主義と極端な宗教(プロテスタント主義)と啓蒙主義的な知的自由が数世紀間混ざり合い、さらにそれをショービジネスの舞台に乗せて、1960年代の経済的繁栄と90年代以降のインターネットの時代をくぐらせる。
これが現在に至る米国の歴史であり、そこでは現実と幻想が危険なほど曖昧なまま混在している。
歴史をさかのぼると、古代ギリシャの古典時代(紀元前5〜4世紀)には、アイスキュロス、ソフォクレス、エウリピデス、ソクラテス、プラトン、アリストテレスなど文学や科学の分野であらゆる天才が登場した。
しかし、この輝かしい時代は200年ともたず、結局、それ以前のような占星術、魔術、錬金術の時代に戻ってしまった。
それは、人々が自由の恐ろしさに気づいたからである。自分の人生や運命は神によって決められているのではなく、本当は自分は一人だという考えに恐れをなしたのだ。
そして歴史は繰り返し、米国もまた、別の意味で200年続いた古典時代から暗黒時代に舞い戻ろうとしている。
本書は3月2日号の本コラムで紹介した、欧州の精神的な行き詰まりを描いた『西洋の自死』と共に読むと、今日の西欧社会が直面している深刻な問題についての理解が深まる。両書を併せて読むことをお勧めしたい。
※週刊東洋経済 2019年4月13日号