アマゾン創業者のジェフ・ベゾスと電気自動車製造会社テスラ創業者のイーロン・マスク。太陽が昇るどこかの惑星(または衛星)を背景に2人が対峙している表紙は鮮烈だ。どちらかがほかの星に降り立つ日も近いことを暗示しているようだ。
それぞれの個人資産は十数兆円と2兆数千億円。政府機関を凌駕する力をもつといわれる55歳と47歳。二人は人類にとってどんな存在になるのだろう。そして人類はどこへ連れて行かれるのだろう。
ジェフ・ベゾスはアメリカ生まれ。SFファンだった少年は、最優秀の成績で高校を卒業し、名門プリンストン大学で物理学を学ぶようになる。コンピュータ科学と電気工学の学位を取得して金融界に飛び込んだ。
いっぽうのイーロン・マスクは南アフリカ生まれ。10歳でプログラミングを習得し、高校を卒業し、その後アメリカのペンシルバニア大学へと進んだ。物理学と経済学の学位を得て卒業し、即座にベンチャービジネスを立ち上げた。
社会人になった2人は金融界やインターネット業界で経験を積み、創業した会社を育て上げ、自社を売却し、他社を買収し、新たな挑戦に挑み、ビジネス界の覇者となっていった。
しかし、かれらがロケット開発を始めたのは富豪になってからではない。ベゾスはアマゾンが黒字を計上できるようになる前の2000年、マスクは3社目の創業として2002年のことだった。かれらの最終ゴールは宇宙だとでもいわんばかりに30代の若さで創業しているのだ。
第二次世界大戦以降、宇宙開発はNASAやJAXAなどの国家機関が独占していた。ロケットや衛星などには軍事に転用できる技術が使われるからだ。そこには国家間競争はあっても、企業間競争はなかった。
2人はやがて宇宙開発も製鉄やコンピュータなどと同様、国家の手を離れて民間で行われるようになると考えた。それに気づいたのは2人だけではない。マイクロソフトの共同創業者であるポール・アレン、ヴァージン・グループ創業者のリチャード・ブランソンなどの富豪たちも参入した。
かれらは単なる富豪ではない。科学と工学の豊富な知識を持つ格闘家たちだ。協力者として、SF作家や数学の天才にして銀行家なども加わり、さらにアメリカ大統領や政府機関も巻き込みながら、まさに轟音をあげながら宇宙ビジネスは離陸しようとしている。
本書は宇宙開発史の大転換点となった21世紀初頭を描いた、日本人がいま読むべきノンフィクションだ。
多くの日本人にとって宇宙はいまだに遠い存在だ。しかし本書を読むとアメリカでは多くの人が日常的な仕事として関わっていることがわかる。日本は果たしてどうするべきなのだろう。巨大ビジネス創業者の出現を待っていたら間に合わないかもしれない。
※『週刊文春』 2019年3月7日号