これまで隠していたが、ガイドブックを読むのがうまいと自負している。多くの人は、旅行に出かける前と旅行中に読むだけだろう。わたしの場合は違う。旅行から帰ってきて、再度、必ずガイドプックを熟読する。
そうすることによって、ガイドブックに書かれていた怪しげな情報がわかる。それ以上に、自分が発見した、ガイドブックに載っていなかったことが浮き彫りになる。この経験を繰り返すことによって、自称ガイドブック読みの達人になったのである。
では、どのようなガイドブックが優れているか。まずは、見るべき場所がたくさん載っていることが必要だ。知らない場所に行くのである。何があるかわからない。たいがいの場合は時間に限りがある。となると、できるだけ多くのことを揚げてもらって、そこから選ぶ必要がある。
つぎに、あまり説明されすぎていないこと。美しい写真がいっぱいあって、見どころが詳細に書かれていると、いざ行った時に感動が薄れがちになる。かといって、あまりに説明が少ないと、なんのこっちゃわからんので、これは程度が難しい。
いまの日本で、旅の達人といえば、ドイツ文学者・池内紀さんとエンタメノンフィクションライター・宮田珠己さんだろう。(←あくまでも個人的感想です)。行き先の選び方といい、旅をする姿勢といい、申し分がない。その私的両巨頭のうち軽量級の方、宮田さんが世に問うたのがこの本だ。ここに画期的なガイドブックだと断言しよう。してもしゃぁないけど。
まず、日本全国47都道府県すべてが、ほぼB6サイズの290ページと、異常なまでにコンパクトにまとめられているのが素晴らしい。しかし、紹介されている目的地の数はやたらと多い。当然の帰結として、全体として説明は不親切である。
しかし、ここぞという観光地、「高千穂峡の貸しボート」(宮崎県)、「立山砂防工事専用軌道」(富山県)、「奥祖谷観光周遊モノレール」(徳島県)、「妙立寺(通称・忍者寺)」(石川県)、「福井県立恐竜博物館」(福井県)、「沢田マンション」(高知県)あたりは、意味なくやたらと詳しい。
なんやそれは、と思う人が多いかもしれない。しかし、このうち半分を訪れたことがある経験からいくと、どれもが詳しく書きたくなる気持ちがよくわかる素晴らしい観光地だ。残りの半分も、きっと素晴らしいに違いないから、なんとしても近日中に訪れたい。
写真は、ない。そのかわり、宮田さん手ずからのイラストがところどころに付けられている。このイラストたるや、いらんやろうと思う人が圧倒的に多いような気がしないでもないが、なんともポイントを突いた鋭いものである。ということにしておきたい。
グルメ、お土産、店、宿についての情報は、ない。観光施設へのアクセスや休館日情報などもない。そんなもの、いざ調べたくなったら、ネット検索で一発だ。かくして、この本、素晴らしいガイドブックが満たすべき条件をすべて満たしている。
ガイドブック情報が正しいかどうかを確認するためには、よく知っている場所について書いてあることが正確かどうか、でわかる。わたしの場合は大阪だ。奇しくも、宮田さんの出身地でもある。はて、どうか。
大阪府をひとことで言うなら、キダ・タローということになりますが、キダ・タローは観光スポットではありません。
大阪府についての前文である。的を射すぎていてこわい。大多数の大阪人は、おぉ、そうだそうだと納得するはずだ。浪花のモーツァルトことキダ・タロー先生のインパクトはそれほど大きい。大阪についてはこれで十分なような気がするが、さすがにそれだけではあかんので、鋭く観光地が紹介されていく
「大阪城」、「天王寺動物園」、「四天王寺」、「海遊館」、「通天閣」、「USJ」、それから、「心斎橋」、「道頓堀界隈」、法善寺横町の「水掛不動尊」という、ややベタな観光地がまずリストアップされる。
そして、一気に渋くなって、世界遺産をめざすが、知名度はそれほどでもなさい「百舌鳥・古市古墳群」。さらに、まさかの「石切神社」。地元、大阪でも行ったことのある人は少なかろうが、なんともレトロな参道がむっちゃええお宮さんなのである。
聞いたこともない「瓢箪山稲荷神社の辻占い」も、そそられすぎるので、近いうちに行かねばなるまい。そして、最後は「日本でもっとも訪れるべき素晴らしい博物館」として「国立民族学博物館」が絶賛されている。わたしのオフィスからすぐそこに見下ろす場所にある博物館だ。ここは確かに素晴らしい。何度行っても、間違いなく新たな発見がある。最後に、去年から内部が公開されている「太陽の塔」を見学したら完璧と締めくくられている。
かくして、キダ・タロー先生から有名観光地、古墳群、石切神社、瓢箪山を経て国立民族学博物館、そして太陽の塔で爆発、というゴールデンルートとなる。これ以上の大阪観光ルートは想像することすら不可能だ。そのうえ、なんと素晴らしいことでしょう、その行程地図が示されている。残念ながら、キダ・タロー先生は観光地ではないから載ってない。それ以前に、不親切すぎる地図でまったく意味をなしていないのがすごすぎる。
「スペクタクル富山県」、「大分県は大魔境」、「茨城県が日本一?」、「愛知県の可能性は無限大」、「一番ダサい東京都」、とか書かれると、そうだそうだという人から、そんなことあるかと怒る人まで出てくるだろう。しかし、それぞれの内容を読むと、一応納得させられる。ような気がしないでもない。
*すべて個人の感想です
これだけ主観的かつ正直すぎる観光案内がこれまでにあったろうか。もちろん、すべては宮田さん個人の感想である。だから、この本を参考にするかどうかは、旅人・宮田珠己を信頼するかどうか、ということにつきる。
無理にでも信頼して、あまり下調べせず、この本を片手にして旅に出ることをオススメする。きっと、そこには新しい旅がある。
宮田さんは巨大仏とジェットコースターと水族館が好きである。『正直観光案内』では、この三つについての評価がやや甘いような気がする。けど、それくらいは負けといたってください。
百舌鳥・古市古墳群を巡るにはこの本を。