誰一人として、こんな普通の男が大統領になるなどとは思っていなかった。妻はおろか、本人さえも。しかし、それが現実になった。1945年4月12日、フランクリン・ルーズベルトの急逝に伴い、副大統領から大統領に昇任した『まさかの大統領』ハリー・トルーマンがその人だ。
貧しい農家に生まれ育ったトルーマン、若い頃は失敗の連続だった。しかし、40歳を前にして、地元のボスの支援を受けて郡の判事になった頃から運気が向いてくる。紆余曲折がありながらもミズーリ州の上院議員を経て、60歳の時に副大統領に任命される。
本人が強く望んで出世していったのではない。周囲の思惑や状況の中、消去法としてそうなっていっただけのことだ。副大統領に指名したルーズベルトですらトルーマンのことをよく知らなかったというのは驚きだ。
ルーズベルトはトルーマンを見下していたという。だから、副大統領とはいえ国家の重要事項は知らされておらず、その国際情勢の知識は「新聞を読む平均的なアメリカ人のものとほとんど同じ」程度であった。
そんなトルーマンが大統領に就任した途端、米ソ関係の悪化、独伊の降伏、日本軍との激戦、ポツダム会談、そして第2次世界大戦の終結と、わずか4カ月の間に、歴代大統領が経験したこと
もないような歴史的な出来事が連続したのである。
まったく期待されずに就任した大統領ではあったが、あのチャーチルですらも素直に認めた「判然とした決断力」で、国民の高い支持を得ながら切り抜けていく。
日本人としては、原子爆弾投下の最高責任者がトルーマンであることを忘れるわけにはいかない。どうして投下、それも広島に次いで長崎と、2発もの投下を決断してしまったのか。
大統領就任まで原爆開発のことを全く知らされていなかったトルーマンである。だから、より正しくは、どうして止めなかったのか、なのだが、残念ながら明確な理由を言葉として残しているわけではない。しかし、この本では、恐らくはそう考えたであろうと十分に納得できる理由が丁寧に説明されていく。
科学技術と国際政治、いずれの面でも、原爆の開発は世界史上最大のプロジェクトであった。その原理から開発の実際、投下へのプロセス、そしてその使用をめぐる大国の思惑まで、あらゆる情報を網羅しているのが『原子爆弾 1938~1950年』だ。これも大部な本だが、原爆開発のすべてが分かるので結構お読み得である。
トルーマンの大統領就任に対する国民の心配は、トランプのそれに似ていたという。『民主主義の死に方』には、米国の民主主義がいかにして守られ、今、危機に瀕しているのかが詳しく書かれている。大統領選挙など米国の政治制度も深く知ることができる。
(日経ビジネス2月4日号から転載)
この一冊で原爆のすべてがわかる。拙レビューはこちら。
日本の現状を投影しながら読むのもいい。村上浩のレビューはこちら。