アポロ計画から50年ほどたった今、宇宙開発は明らかに停滞している。
アポロ11号の月面着陸ミッション当時のNASA管制室スタッフの平均年齢は26歳。恐れ知らずの若者たちが活躍する活気ある組織であった。しかし、今の平均年齢は50歳ほどで、リスクを避けようとする傾向が強く、官僚気質の組織へと変貌している。
加えて、ロッキード・マーティンとボーイングの2社が政府からの受注を独占、技術革新は停滞し、複雑怪奇な契約システムにより、開発コストが異常なほど高くなっている。それが宇宙開発の停滞している原因だという。
このような状況に業を煮やした大富豪が2人いた。1人は電子決済システム「ペイパル」で富を築いたイーロン・マスク、もう1人はネット通販会社「Amazon」の創設者ジェフ・ベゾスだ。
本書は急速に発展する民間による宇宙産業の姿を、2人の富豪に焦点を絞って描く。
マスクとベゾス。同じロケット開発にしのぎを削る2人の性格はまるで違う。
マスクは時に傲慢とも思える自信家で、自身の信念のためならば周りとの軋轢(あつれき)も厭(いと)わない。設立したスペースX社のモットーは「突き進め、限界を打ち破れ」だ。
その言葉のとおりにマスクは行動した。新規企業の参入を拒むNASAや空軍、ロッキード・マーティン、ボーイングに対し、SNSを使ったお得意のパフォーマンスとビッグマウスで攻撃を加える。世間の耳目が集まると法廷闘争を展開し、軍産複合体による参入障壁に穴を開けていく。当初は実力もないのにキャンキャン吠(ほ)える「子犬」だと馬鹿にしていたが、大企業幹部は度重なるロケットの打ち上げ成功と激しい政治攻勢に焦りを見せ始める。
時に、異常なまでの情熱と確信を持った男が歴史を動かす。磨耗することを恐れず激しく旋回する錐のように軍産複合体に風穴を開けていく姿は、本邦の織田信長を髣髴とさせる。
一方のベゾスは徹底した秘密主義だ。設立した航空宇宙企業ブルーオリジンについても詳細を一切明かしていなかった。マスクのように派手な行動や急速な技術の向上を望みはせず、「ゆっくりはスムーズ、スムーズは速い」という言葉をモットーにして宇宙開発に挑む。
ウサギのようなすばやさで宇宙に駆け上がるマスクに対し、ベゾス自身は亀であることに徹し、持続可能なペースを維持してジワジワとマスクに迫っていく。さらに、ロッキード・マーティンとボーイング両社が政府向け衛星打ち上げ部門を統合し設立した合弁企業ユナイテッド・ローンチ・アライアンスと業務提携を果たす。同社は政府の宇宙開発事業を独占しており、マスクの最大のライバルだ。権謀術数の巧みさと粘り強さは、まるで徳川家康のようである。
開発競争では現状、マスクがリードしている。スペースXは年に何回も衛星軌道上までロケットを飛ばし、国際宇宙ステーションへ物資を運んでいる。一方でベゾスはまだ弾道飛行に成功しただけだ。
とはいえ両者ともに次は有人飛行を目指しており、今後も2人の開発競争から目が離せない。宇宙開発はますます面白くなる分野であろう。
※『週刊東洋経済』2019年2月16日号