世界はどんどんよくなっている。ウソだと思うかもしれないが本当だ。実際に世界の人口のうち、極度の貧困状態にある人の割合は、過去20年で半分になった。そして、自然災害で毎年亡くなる人の数は、過去100年で半分以下にもなった。
この数字自体かなり驚くべきものであるが、さらに驚くべきなのは、この事実を3択問題として出題した時の正答率が、いずれも10%を下回ったことである。これを、単なる知識不足と片付けてよいのだろうか?
本書は、世界に対する認識と実態との間におけるさまざまなギャップを提示し、先入観にとらわれず世界を見ることの大切さを訴える。さらにその原因を脳の機能に求め、人が世界を実際よりもドラマチックに見てしまうことを明らかにしていく。
著者は医師であり、そして公衆衛生の専門家でもあるハンス・ロスリング氏。彼は、このギャップを生み出す人間の本能を10種類に分類し、どのようにすればそのバイアスを克服できるかを説明する。
たとえば「分断本能」。人は誰しも、さまざまな物事や人々を2つのグループに分ける傾向にある。もちろんその分け方は、自分が所属する「わたしたち」とそれ以外の「あの人たち」である。これを回避するためには、世界を2つのグループに分けるのではなく、特定の指標に基づいた4つのグループに分けることが有効であるという。
また、「過大視本能」にも注意が必要だ。これは、目の前の出来事だけが重要であるかのように勘違いしてしまうことを指す。
著者がモザンビークの病院に勤務していたときのこと、病院に運ばれてから命を落とした子供の数よりも、病院にたどり着く前に亡くなった子供の数のほうがはるかに多かったのだ。この事実を受け、著者は病院の外の衛生環境をよくすることに注力すると決めたという。
本書ではこの他にも、「ネガティブ本能」「恐怖本能」「焦り本能」といったさまざまなバイアスが紹介されている。背景にあるのは、共感によって刺激された感情には数字の感覚が欠けがちであるという冷酷な現実だ。目の前の人や自分とよく似たタイプの人間を大切に思うからこそ、特定の領域にのみ視線がフォーカスしてしまい、それ以外の領域は暗がりになってしまう。
だからこそ抽象度の高い数字で見ることが、世界を知るために必要不可欠なのだ。
このように書くと、著者はさぞかし理性を重視するドライな人間なのだろうと思われるかもしれないが、その心配は無用だ。言葉の端々から伝わってくるのは、世界をよりよい場所にしたいという利他的な情熱である。
この理想を効果的に実現させるため、事実に基づく世界の見方に着目しているのだ。彼は直感と現実がどれほどかけ離れているかを知らしめるために、世界中のデータをビジュアライズすることに尽力し、2017年に亡くなった。
世界はどんどんよくなっているし、視点の持ち方ひとつで、これから先もよりよい場所にしていけるはずだ。ファクトに満ちた世界は希望に満ち溢れるであろうと、確信させてくれる一冊だ。
※週刊東洋経済 2019年1/19号より