第16回開高健ノンフィクション賞受賞作は川内有緒『空をゆく巨人』に決定した。
ノンフィクション好きはこの作者の名に見覚えがあるかもしれない。『バウルを探して地球の片側に伝わる秘密の歌』(現『バウルの歌を探しにバングラデシュの喧騒に紛れ込んだ彷徨の記録』幻冬舎文庫)で第33回新田次郎文学賞を受賞した実力派なのだ。バングラデシュの「バウル」という吟遊詩人を追い求める旅は奇跡のような物語だった。
今回の作品は中国人の世界的現代美術家、蔡國強と福島県いわき市の会社経営者、志賀忠重との強い友情を追ったドキュメンタリーだ。
蔡國強という名前を知らなくても、北京オリンピックの開会式で空にビッグフッドの花火を打ち上げた人、と聞けば思い浮かぶ人も多いだろう。1957年に福建省泉州に生まれた蔡は墨絵作家の父の血を引く生まれながらのアーティストだ。文革が終わり、自由に芸術作品の創作ができるようになると、蔡は妻を伴い日本に留学する。描き溜めた絵を銀座の画廊で売れば生活できると信じて。
片や志賀忠重は1950年福島県平市の農家の5人兄弟の末っ子として生まれた。高度成長期とともに物を売る楽しみを覚え、大学生で引っ越し屋の社長となった。アメリカに遊学後は天才的な才覚を生かし、様々な商売に成功する。
二人の出会いは80年代後半のことだ。銀座では見向きもされない蔡の作品に注目したのは志賀の友人のギャラリー経営者で、いわき市で個展をやろうと持ち掛けた。志賀はその展覧会で200万円分も作品を購入する。これがアーティストとして日本でやっていけるという自信となった。それから蔡の作品は少しずつ認められるようになっていく。
蔡の作品に火薬を使ったものがある。オリンピックの開会式で見せた花火あり、火薬を紙の上で爆発させ、跡を絵にしたり、万里の長城を延長しそこに導火線で火をつけたり、と、その発想は自由だ。
もう一つは廃船をオブジェとして展示すること。いわき市で朽ちていた船を掘り起こし、蔡のデザイン通りに作るのは志賀をはじめとしたいわきチームだ。
蔡は簡単に「船を送れ」と海外から指示するがお金も時間も相手任せ。志賀と仲間たちは困りつつも楽しんで参加する。これが破天荒で実にカッコいいのだ。
だが福島に震災と原発の爆発が起こる。志賀の人生は大きく転換する。が、背中を押すのは蔡だ。荒れた山に9万9000本の桜を植樹しようとしている志賀の思いは強い。二人の友情の物語は続く。撮影:小野一夫 編集部よりお借りしました(週刊新潮12/20号より転載)
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