”Factfulness: Ten Reasons We’re Wrong About the World—and Why Things Are Better Than You Think(ファクトフルネス:我々が世界を見誤る10の理由ーなぜ世界はあなたが思っているよりベターなのか?)”は、ビル・ゲイツが「これまで読んできた中で最も重要な本のひとつ(One of the most important books I’ve ever read)」として、2018年にアメリカの大学を卒業する学生全員に、この本の電子版をプレゼントすることを決めた全米ベストセラーである。
ゲイツは、本書自体にも推薦文を寄せているが、2018年4月3日のブログGatesnotesの中で、「たとえ今の世界はバッドでも、世界はベターに向かっているーなぜ私は「発展途上」国について語るのをやめようと思ったのか?(Bad but better Why I want to stop talking about the “developing” world)」というタイトルで、本書の詳しい紹介を載せている。
ゲイツはこの冒頭で、次のように書いている。
私はこれまで先進国や発展途上国について語ってきたが、その発想は間違っていた。私の友人の故ハンス・ロスリングに言わせれば、そうしたレッテル貼りは「時代遅れ」で「全くの無意味」である。中国とコンゴを一括りにするような分類は大雑把過ぎて用をなさない。そういう私自身、これまで公の場やブログでも、「先進国」と「発展途上国」という言葉を使ってきたのだが。というのも、今までそれ以上に分かりやすい言葉が見つからなかったからである。
ところが、最近読んだハンスの新刊「ファクトフルネス:我々が世界を見誤る10の理由ーなぜ世界はあなたが思っているよりベターなのか?」の中で、ハンスは世界についての新しい見方を提示してくれた。彼は世界の人々を4つのグループに分けることを提案している。人数的に最も多いのはレベル2であるが、レベル1の極端に貧しい生活レベルの人々が10億人いる。彼らは1日2ドル以下で生活をしており、靴を買うこともできない。食事は焚き火で作り、一日の大半を水を運ぶことで費やし、夜は家族一緒に土間で寝るという生活である。
ハンスが明らかにしてくれた見方は、私にとっての大きなブレークスルーであり、世界をより良いものにするために何十年もかかって到達した地点であると同時に、しかもこれほど分かりやすい言葉では表現できなかったものである。私もこれからはこのモデルを使おうと思う。なぜこれが重要かと言えば、もし世界を富める国と貧しい国という二つに分けてしまうと、これまでの進歩が見えなくなってしまうからである。もしこの二つの選択肢しかなければ、一定の生活レベルに達していない人は、全て「貧しい」と思ってしまうからである。
現実の世界を事実に基づいて見てみると、現在の70億人の世界人口中、レベル1(1日2ドル以下)が10億人、レベル2(1日2-8ドル)が30億人、レベル3(1日8-32ドル)が20億人、レベル4(1日32ドル以上)が10億人ということになる。
そして、レベル1の全体に占める割合が、20年前には約30%であったものが、現在では15%以下になっているのである。ということは、この20年で10億人近くが極端な貧困から脱したことになる。このように見ると、現実の世界は「先進国」と「発展途上国」の二つに分かれているのではなく、その中間層がマジョリティを占めているのである。
ここで著者のハンス・ロスリング(1948 – 2017年)について説明すると、彼は「事実に基づいた世界観(fact-based world view)」を広めることに尽力し、2017年に亡くなったスウェーデンの医師であり、公衆衛生学者でもあった。
その生涯の業績をまとめたのが本書であり、タイトルになっている「ファクトフルネス(factfullness)」は彼による造語で、主観的な世界観の誤りを正して、事実に即してファクトベースで見る世界観を指している。
彼は、2005年に息子のオーラとその妻アンナとともにGapminder Foundation(ギャップマインダー財団)を設立し、自由にアクセスできる公共統計の利用と理解を高めることで、このファクトベースの世界観を促進するために、国際統計をインタラクティブに楽しめるソフトウェアTrendalyzerを開発した。
そして、2007年にモントレーで行われたTEDカンファレンスでは、Trendalyzerのグラフィックを用いて世界の成長を視覚化する、”The best stats you’ve ever seen(初めて見る最高の統計)”と題するトークを行っており、2014年には東京大学でも、“Fact-based view of the world: why developing vs. developed is meaningless(先入観をくつがえそう)”という同様の講演を行っている。
ロスリングによれば、たとえば、我々は悪いニュースには目が向くが、良いニュースは無視してしまいがちである。恐怖にとらわれてしまう、人間の「恐怖本能(The Fear Instinct)」が事実の認識を歪めてしまい、リスクを過大評価して物事を実態よりも悪く見せてしまう傾向を持っているのである。
彼はそうした人間が持つ10の本能(Gap、Negativity、Straight Line、Fear、Size、Generalization、Destiny、Single、Blame、Urgency)を取り上げ、バイアスを取り除いて、事実に基づく認識ができるようになるにはどうすれば良いのかを検証している。
本書を読むに当たっては、まず手始めに、iNewsのコラム“If you score more than 33% in this quiz, well done: you know more about the world than a chimp(もし3分の1以上正解できたら上出来:あなたはチンパンジーより世界のことが分かっている)”に掲載さている、世界の現状についての13問のクイズを解いてみることをお勧めする。
3択形式だから、チンパンジーだったとしても3分の1は正解するはずなのに、世界中で何千人にもテストした結果、実際のスコアは学生でも社会人でも同じく2割程度だそうで、これにはハンスもかなり驚いたそうだ。
ひとつ例をあげると、第1問目は、低所得国で初等教育を受けている女性の割合は?という問いである。解答の選択肢は、A: 20%、B: 40%、C: 60%の3つで、正解はなんとAではなくCである。
このように、世界は今、急速な進歩を遂げており、我々の住む世界は、歴史上類がないほど豊かで、安全で、平和になっている。それにも関わらず、新聞、テレビ、インターネットなどのメディアや政治家たちが、繰り返し誤った世界観が広がるのを助長しているのである。
世界をいたずらに楽観的に見るのは、時の為政者を助けるだけの現状追認になりかねないが(これももしかしたら恐怖本能のなせる技か?)、ソクラテスの「無知の知」や論語の「知るを知るとなし、知らざるを知らずとなす、これ知るなり」に見られるように、人間は自分が何も知らないということを知るところから始めなければいけないという教訓をかみしめながら読みたい一冊である。