酒と放浪。若山牧水の歌といえばこの2つだろう。しかし、若いころには恋の歌をたくさん詠んでいる。その相手は2歳年上で、抜群の美人だったという園田小枝子。
しかし、いつまでも小枝子の態度は煮え切らなかった。そりゃそうだろう、人妻であることを隠していたうえ、従兄弟との三角関係もあったというモヤモヤ状態だったのだから。
そんな2人の関係が、牧水の歌に直截的に読み込まれている訳ではない。
たくさんの恋の歌から、俵万智さんが牧水の心の動きを読み解いていく。それを、記録に残る当時の行動と照らし合わせ、ふたりの間に何があったかをひもといていく。まるで短歌探偵だ。
歌人による短歌の解釈というのは、へぇそんな角度から、そんなことを考えるのかと感心するばかり。素人からみると、目からウロコの面白さ。
白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ
さて白鳥は飛んでいるのか浮かんでいるのか、何羽いるのか。確かに、それによってイメージがずいぶん違う。
出会った当初は、歌に「寂し」が多かったがが、なかなかうまくいかず「悲し」が多くなっていった牧水。白鳥の歌がそんな時期の作と聞くと、とても切ない。
歌では勝手に妻と呼び、相手の承諾も得ずに新居まで用意した牧水だったが、結局は結ばれなかった。
「牧水ラブ」である俵さんの目線はあくまでも優しい。牧水の歌の解釈だけでなく、本歌取りをしたような自分の歌、そして、ところどころにでてくる牧水へのツッコミなど。ほんわかと読めて短歌の勉強にもなる楽しい本だ。
永田和宏さんが選んだ『近代秀歌』百首では、愛誦性の高さから、牧水の歌が8首も選ばれている。そして、「歌は一首で読むべきか、連作として連作の場の中で読むべきか」が難しい問題としてあげられている。
『牧水の恋』は連作どころか五年間の歌の流れを読む作品である。それに対し、永田さんの本は基本的に一首ずつを読んでいくスタイルだ。
かたはらに秋ぐさの花かたるらくほろびしものはなつかしきかな
この歌は、俵さんも永田さんも「ほろびしもの」をさまざまに受け取ることができるのが魅力だとする。しかし、「ほろぼしもの」は、牧水にとっては小枝子との恋愛以外に考えられないとする俵さんに対して、永田さんは、牧水の特殊な個別事情は不要だという。どちらも十分に説得力があって、奧深い。
詩人にして中原中也の研究家でもある佐々木幹郎さんの『中原中也-沈黙の音楽』では、代表的な詩の推敲過程が丹念にたどられていく。そして、論理的な解説で中也がその時、どのように考えていたかを浮かび上がらせる。
歌人と詩人、専門家というのは作品をここまで深く読むことができるのかと感動の三冊である。
(日経ビジネス11月19日号から転載)
歌聖にして一流の細胞生物学者である永田和宏さんの本。この百首くらいをすらすらっと諳んじることができたら相当にかっこよろし。
詩人の推敲というのは、こんなことまで考えているのかとえらく感心。それを読み解かれる佐々木幹郎さんにもいたく感心。