人生に迷ったり、不安になったりしたときに先人の、特に女性作家のエッセイには助けられてきた。中山千夏さん、佐藤愛子さん、林真理子さん、西原理恵子さんと名前を挙げればきりがないが、最も影響を受けてきたのが詩人の伊藤比呂美さんだ。
初エッセイ『良いおっぱい悪いおっぱい』が出版されたのが1985年。私は結婚したばかりだった。妊娠出産、そして子育てを「がさつ、ぐうたら、ずぼら」でいいと言い切ったこの本を舐めるように読んだことをよく覚えている。
それから30年。外国に住まいを移し、新しいパートナーとともに伊藤さんは波乱万丈の人生を歩んだ。私は比較的穏やかに過ごしたので、ただひたすらその勇気に驚かされてきた。それでも伊藤さんのエッセイに助けられたことはたくさんあったのだ。
『閉経記』(中公文庫)では更年期女性のパワフルさを見習った。スポーツクラブでズンバ(ラテン系のダンスレッスン)に嵌るあたり、私のことか?と思ったほどだ。
60歳を迎えた伊藤さんは、本書で自らの老いを赤裸々に語っていく。それは私も、日々少しずつ感じていることで、右も左もわからない新人の老人としてはありがたい内容であった。
「夫を看取る」ことはつらい。いくら親ほどの年上であろうと親と夫は違う。なんとなく「死なないんじゃないか」と思っている夫の入院から自宅介護までの悩みはリアルだ。お金や自分の体への負担を心配するのはだれもが同じだろう。
夫を看取った未亡人の空虚さや寂しさを伝える文章は、その時の心構えのひとつとして覚えておきたいし、同じような境遇の友人に勧めたい。心が弱っているときに、自分の老いに気づくことも、子供たちが立派な大人になっていたと驚くことも、大いにうなずくことばかりだ。
当たり前だが人は老いる。認めたくないけれどそれに気づくときは必ず来る。がっかりする前に、この本を読んで心を落ち着けたい。
とはいえ、伊藤さんは勇気をもって新しい人生の一歩を踏み出し帰国した。まだまだ人生の参考にさせてもらおうと次のエッセイを待ち望んでいる。(STORYBOX11月号)