分厚いのに一気に読んでしまった! 迫力の一冊。著者は誰かって? そう、あの『東京アンダーワールド』のロバート・ホワイティングだ。60年代初頭、アメリカの軍の仕事で19歳で来日。いつしか日本に住み着くようになって、野球と相撲を語る現在に到るまでの、破天荒な自伝だ。1964年から2020年へ、オリンピック開催を背景にした「東京」が時代とともにあぶり出される。
著者のプロフィールはこうだ(本書より)。
1942年、アメリカのニュージャージー州生まれ。大学在学中、合衆国空軍に入隊して来日。除隊後は上智大学で政治学を専攻した。出版社勤務などを経て、日米の文化をテーマとした執筆活動を開始。……(著作として『菊とバット』『和をもって日本となす』『東京アンダーワールド』『東京アウトサイダーズ』『サクラと星条旗』『イチロー革命』などが挙げられている。ベストセラーも多い)
来日の頃、60年代初頭は、戦後15年ほどでまだまだ混乱の時期だった。アメリカから日本に到着するまで3日を要していた時代だ。小さな田舎町の機械工の息子だった彼が配属されたのは東京、府中の米軍空軍航空基地にある第五空軍の極東司令部。ここで彼は3年半を過ごすことになる。
着任先は「太平洋軍電子諜報センター」。入館にはID検査をされ、窓は一切なく壁の厚さが1メートル、武装憲兵隊が24時間監視する建物で、国家安全保障局(NSA)と中央情報局(CIA)の合同指揮下、電子スパイ活動や情報収集、暗号解析を行っていた……。
具体的には、信号解析の仕事を担っていたそうで、イメージとしてはドラマ『24』のCTUなのだけれど、あそこまでハイテクでもないし外に出て諜報活動をすることもなかった。とはいえ、ソ連、中国、北朝鮮、と敵がはっきり存在していた冷戦時代のこと、緊張感抜群だ。キューバ危機の13日間の冗談にならない状況描写には、本を持つ手が震えたほどだ。
東京におけるアメリカの諜報活動の歴史において異彩を放った「キャノン機関」の創設についても触れられていて……と紹介しているとキリがないが、遊び方も豪快で、関係者から直接見聞きしているだけに迫力も出るというもの。
そして、とにかくハンサムで若いアメリカ人はモテたようだ。そもそも戦後の日本人の多くはアメリカ人に興味津々、どこにいても「英語を教えてくれ」と声をかけられたという。戦後直後に刊行された『日米会話手帳』が360部万部以上売れたくらいだから、推して知るべし。
女性の間でも、当然大人気。「男性より三歩後ろに下がって」と教えられていたところに、「ドアを開けてくれる」というだけで西洋人男性は魅力的に映ったらしい……と分析されているが、これまた時代なのかもしれない。
当時の東京はひたすら臭かったという記述も興味深い。東京23区で水洗下水システムが整っていたのは4分の1以下……ほとんどの家が汲み取り式で、排泄物を汲み取るバキュームカーは週に1~2回しか来ず、一方で道路脇には台所や風呂からの下水が入る排水溝が流れる……結果、これまた当然ながら、東京のほとんどの場所で常に悪臭が漂っていたという。理詰めで考えれば臭いのは確かなのだけど、文章の空気感が、うー臭い。臭いことこのうえない。
そして、除隊の前から英語教師として、神保町のすずらん通りにあったトーマス外国語学院で働き始める。その後は、帰国せず上智大学に編入し、仕事はといえば、ブリタニカ百科事典の販売に携わる……どこにいってもまたモテるわけだが、安アパートのドアを開けたらそこには身を投げ出そうと若い女性が立っていた……という記述にまで至ると、この人はどこまでモテたのだ? とモテ伝説が楽しくなっていくほど。なにしろ立っているのは女性だけではなく、同じドアの向こうに、輝くばかりのスーツを着た怖ぁい人が「みかじめ料を払え」と立っていたりすることもあって……と、男女ということだけではなく、モテるのであった。
全12章、あとがき含めて590ページ。1章から「オリンピック前の東京で」「米軍時代」「一九六四年東京オリンピック」「駒込」「日本の野球」「住吉会」と6章まで前半生が描かれる。30歳の頃に生活が荒んできたため、いったんニューヨークへ戻り、その頃から執筆に意欲を持ち始め、また思い新たに日本へ。「ニョーヨークから東京へ」「東京のメディア」「バブル時代の東京」「東京アンダーワールド」「MLBジャパン時代」「豊洲と二〇二〇年東京オリンピック」と続き、後半生が語られていく。
彼の著作でいえば、『東京アンダーワールド』を最初に読んで衝撃を受けたのだが、この自伝と共通している醍醐味は、その時代にタイムトリップできることだと思う。史実はたどれてもなかなか時代の空気は味わえない。細やかな観察の目を持っている人で、おまけについ目の前のものにきちんと向き合って相手をしてしまうから、思いがけない出会いが出会いを呼んでいく。だから男女問わず「モテる」のだと思う。
たとえば、なぜか大鵬と柏戸の名勝負を両国で見たとか、銀座のクラブでその後大鵬とトイレでぶつかったとか、渡邉恒雄(あの!)の英語家庭教師をしていたとか、ジャイアント馬場が真上に住んでいたとか、ついにはデイヴィッド・ハルバースタムにも出会い、と次は誰に出会うのだろう、と痛快なのだ。
ロバート・ホワイティング自身の変遷が語られる自伝ではあるものの、彼の見てきた東京とその中で生き抜く一人の「外国人」(ないしは「ガイジン」。この存在であることのつらい側面も書かれている)の人生として、少し距離を置いて淡々と語られていく。
目立ってつらいこともあったのだと思うが、どことなく読後は楽観的。
タイムトリップをして現代にまで戻ってきて、最終的に「前のオリンピックの時代の東京は、今と同じ東京なのか?」と、変遷を味わっていた。
過去の東京、変遷する東京、その魅力といびつさがわかる裏面史。56年の時間を隔てて、ふたつの東京が見えてくる。
東京のマフィア・ボスと呼ばれた、夜の六本木の支配者、ニコラ・ザペッティ。日本の暗部に躍動する、奇想天外なアウトローの生涯をたどる一冊。
武装強盗で20年の懲役刑に服するも脱獄し、オーストラリアからインドへ。無資格のままスラムで診療にあたり……と破天荒な世界を味わいたい人にはお勧めしたい大長編。上中下巻あるも、読み終えるのが寂しいくらい。