原油価格が上昇傾向だ。2014年後半に大暴落して以来4年ぶりに高値圏に戻りつつあり、注目を集めている。価格上昇の主要因としてよく話題にあがるのは、トランプ米大統領の発言やイラン制裁など政治的要因だ。現代の国際情勢では、エネルギーを題材に駆け引きが繰り広げられており、政治とエネルギーが密接に絡み合っていることを物語っている。
この一般的には馴染みの薄い政治とエネルギーの関連を分かりやすく解説するのが、「エネルギー界の池上彰」こと岩瀬昇による『超エネルギー地政学』だ。各地域のエネルギーに関連する歴史を振り返りつつ、現代へと脈々と続く思想や政策の系譜を解説してくれている。本書を読めば、日々伝えられるエネルギー関連ニュースの意味が深く理解できるようになり、点と点を繋げて大きなストーリーラインで読み解くことができるようになる。しかも、本書は地球を俯瞰するかのように各地域を特徴付けて解説する構成となっており、日本が地球儀外交を遂行する上での指南書にもなってもいる。
著者によると、世界最大の石油消費国であるアメリカが目指すのは、他国からの輸入に頼らず、自国消費分は自国で生産する「エネルギー自立」体制の構築である。かつての日本が直面したように、他国の禁油政策による経済的・軍事的大打撃を防ぐためだ。つまり、アメリカでは、経済・軍事面でのアキレス腱である石油をいかに賄うかが政治的課題であり続けているのだ。
目標であるエネルギー自立体制構築のために、政府は石油産業を保護し、民間企業による技術革新を推奨する税体制をも整備し、石油生産量を増やすインセンティブを民間企業に提供し続けている。外交面でも隣接国であるカナダ・メキシコをも巻き込んだエネルギー面での連携を図ってきた。
このようにエネルギー自立という思想がアメリカの政治的土台に脈々と根を張って推進されているのだ。トランプ大統領が唱える耳触りのよいスローガンは論理性・一貫性がない場当たり的にも聞こえるが、表に現れない水面下では目標達成に向けてしたたかに政治運営する超大国の存在を本書は改めて気づかせてくれる。
プーチン政権のロシアはより明確に、豊富な石油・天然ガス資源と、欧州・極東アジアと近接するという地の利を活かす政策を遂行している。「石油・天然ガスを国家が管理し、内外政策の実現に使用する」という主旨の論文を書いて学位をとったプーチンは、論文通りエネルギーを核とした政治運営を実現している。
ヨーロッパや極東アジアへ石油・天然ガスを供給するパイプラインを張り巡らし、エネルギー面でのロシアへの依存性を高めていくのはロシアの重要なエネルギー戦略のひとつである。この戦略を脅かすような事態があれば、容赦ない対抗措置をとることを鮮明にしている。欧州向け天然ガスパイプラインの主要通過国であるウクライナが、反ロシアの動きをしたことに危機感を感じたロシアは、クリミアを軍事的に併合するまでの徹底ぶりで対抗した。ロシアにとって安全保障上も財政上も重要であるエネルギー外交の政策が脅かされる事態は、決して看過できないのだ。
中東地域ほどに石油・天然ガスに翻弄された歴史をもつ国々はないだろう。欧米石油企業に牛耳られたり、石油利権を巡って革命が起こったり、戦争にまで発展したりと、石油・天然ガス抜きにはこの地域の歴史を語れないことを本書は伝えている。中東では石油・天然ガス政策こそが国家の根幹をなしているのだ。
ひるがえって、日本ではエネルギーに対する感度が低く、まともなエネルギー政策が存在しないと筆者は憂える。政府が策定する「エネルギー基本計画」を一例にとってみても、「エネルギー=電気・電力」という誤解のもとに電気・電力用途の電源をどうするかという点に主眼が偏っており、自動車・トラック燃料や化学品用途としてのエネルギーという観点が抜け落ちた計画になっていると指摘する。
歴史を振り返ると、為政者のエネルギーリテラシーの低さは国家の命運をあらぬ方向へと導いてしまう。太平洋戦争という無謀な戦いを日本が挑んでしまったのも、エネルギー問題を真剣に考えていなかったからだというのが筆者の主張である。同じ過ちを二度と繰り返さないためにも、また地球儀外交を推進する上でも、エネルギーの観点から地球を俯瞰することの重要性がいま問われている。
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