近年、欧米の若い人たちの間で、とりわけミレニアル世代の抜群に頭のいい人たちの間で、寄付と慈善活動に関するひとつの運動が盛り上がりをみせている。運動の象徴ともいえるピーター・シンガーだけでなく、スティーブン・ピンカーなどの著名な論者も支持の声を上げているので、あなたもその運動について耳にしたことがあるかもしれない。それは、「効果的な利他主義(effective altruism)」という運動である。
効果的な利他主義は「利他主義」である。だからそれは、他者の助けとなる行動を奨励する。でもそれは、寄付や慈善活動を無条件に奨励するのではない。効果的な利他主義は、それらが「効果的」であることを要求する。つまり、ただ単に寄付や慈善活動を行うのではなく、できるだけ多くの利益につながるようにそれらを行うことを、効果的な利他主義は求めるのである。そのモットーを、本書の原題(Doing Good Better)がうまく表している。すなわち、「よいことを、もっとよい仕方で行おう」というわけだ。
本書は、効果的な利他主義の指南書というべき本である。著者のウィリアム・マッカスキルは、オックスフォード大学の哲学准教授で、非営利組織のGiving What We Canや80,000 Hoursの共同創設者でもある。まだ31歳ながら、そのキャリアから窺えるように、新時代の運動を理論と実践の両面で牽引する実力者である。
さて、効果的な利他主義はなぜ寄付や慈善活動に「効果的」という条件を求めるのだろうか。それは、ひと口に寄付や慈善活動と言っても、その最良のものとそうでないものとでは、それがもたらす利益にまさに「桁違い」の差があるからだ。
ここで一例として、「アフリカの貧困国における教育をどうやったら向上させられるか」という問題について考えてみよう。ごく自然な発想として、「それらの国の子どもたちに教科書を無償で配布する」というプログラムが考えられるだろう。ところが、経済学者のマイケル・クレマーがそうしたプログラムにランダム化比較試験を行ったところ、当のプログラムは期待された効果をほとんど持たないことが判明した。もしかしたら、現地(ケニア)の子どもたちにとっては教科書がむずかしすぎたのかもしれない。ただいずれにしても、そのプログラムは成績上位の生徒以外には何の効果ももたらさなかったのだ。
その一方で、同じ問題に関して抜群の効果をもたらす意外なプログラムが存在する。それは、「寄生虫の駆除」である。
腸内寄生虫はアフリカの多くの子どもたちを苦しめていて、学校の長期欠席を生む大きな要因となっている。そこで、ケニアの子どもたちに駆虫を施したところ、なんと長期欠席が25%も減少したのである。しかも、駆虫は非常に安上がりであるため、そのプログラムに100ドルを費やすだけで、全生徒合計で10年分に相当する出席日数が増えたのだという。「駆虫は子どもたちを学校に通わせるのに"有効"だっただけではない。信じられないくらい有効だったのだ」。
そのように、世にある慈善団体とそれが掲げるプログラムには、費用対効果という点で文字どおり「桁違い」の差が存在する。だから、同じ100ドルを寄付するにしても、それをどの慈善団体に寄付するかによって、その結果に「桁違い」の差が生じる。効果的な利他主義はそうした事実の認識からスタートして、「ではどうすれば最大限の影響を及ぼせるか」と追求していくのである。
そして本書は、その追求の導き役となる思考法を丁寧に紹介している。具体的には、その思考法の重要なチェックポイントとして5つの項目(「何人がどれくらいの利益を得るか?」「この分野は見過ごされているか?」など)を挙げ(パートI)、それを実際の問題(慈善団体の選択、自分のキャリア選びなど)に応用する術を説いている(パートII)。「誰もが知る大きな慈善団体に寄付するのはじつはそれほど効果的ではない」という指摘や、「寄付するために稼ぐ」という生き方のすすめなど、その内容にはドキッとさせられる部分もあるだろう。しかし、その論理をしっかりたどれば、そうした主張にも十分な根拠があることをきっと得心できるにちがいない。
ところで、本書を読んでいて何より感心させられるのは、そのアプローチの「新しさ」であろう。効果的な利他主義は科学的たらんとするアプローチであり、厳密な証拠と論理、そして数値を重視する。ゆえにそれは、人々の感情に訴えて寄付や慈善活動を促進しようとする従来のアプローチとは明確に区別される。効果的な利他主義が人々に求めるのは、自らの「心」(感情)に動かされることではなく、自らの「頭」(理性)を働かせることだ。知的レベルの高い人を中心に運動が広がっているというのも、効果的な利他主義のそうした性格と無関係ではあるまい。
最後に、「では自分に何ができるのか」という点について触れておこう。いやじつは、わたしたちにはじつに大きなことができるのだ。富裕国で暮らす人は、世界的に見ればまず間違いなく富裕層であり、その多くが上位10%に属する富裕層である。そんな人が、たとえば収入のごく一部を寄付するとしたら、そしてそれを効果的に使用するとしたら、世界に対してとても大きな影響を及ぼすことができる。わたしたちを勇気づけるような、著者の印象的なメッセージで締め括ろう。
私たち一人ひとりに何十人、いや何百人という命を救う力があるし、何千人という人々の幸福度を大きく向上させる力がある。本や映画の主人公になることはなくても、誰もがシンドラーと同じようにとてつもなくよいことをするチャンスを握っているのだ。
効果的な利他主義に大きな影響を与えた倫理学者のピーター・シンガー。この本では、その運動が広まりつつあるさまをレポートしている。
共感ではなく理性にもとづいて他者に働きかけることの重要性を説いた話題の書。レビューはこちら。
上で例として挙げた、教科書の配布と寄生虫の駆除がもたらした効果などについては、こちらの本で詳しく論じられている。