本書『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』は、Google、Apple、Facebook、Amazon(GAFA)という巨大テクノロジー企業4社を、それぞれが地上の4分の1を支配し、剣、飢饉、悪疫、獣によって「地上の人間を殺す権威」を与えられた、ヨハネの黙示録に登場する四騎士になぞらえている。
そして、神にも擬せられるほどの力を持つようになったGAFAは、人類の生活とビジネスのルールを根本から変えつつあり、これからも変え続けると予言するのである。
GAFAがどれだけ巨大かを示す一例として、GAFAにIT企業の老舗であるMicrosoftを加えた5社の株式時価総額を見てみると、この書評を書いている8月24日現在、総額は4兆1,579億ドル(約461兆円)にも達している。
Alphabet (Google) 8,492億ドル(約94兆円)
Apple 1兆440億ドル(約116兆円)
Facebook 5,042億ドル(約56兆円)
Amazon 9,293億ドル(約103兆円)
Microsoft 8,312億ドル(約92兆円)
日本の2017年の名目GDPが4兆8,721億ドル(約541兆円)だから、この5社だけで世界第3位の経済大国である日本の85%の経済規模に達しており、第4位のドイツをも上回っている。
因みに、日本最大の株式時価総額を誇るトヨタ自動車でさえ20兆円足らずだから、その規模感の違いに圧倒されるばかりである。
好き嫌いは別にして、今日、私たちがGAFAに関わりを持たずに生きることはほぼ不可能である。 ※GAFA+マイクロソフトの時価総額の推移
そうした中で、本書のテーマは、大きく分けて以下の3つである。
1. GAFAはなぜ、これほどの力を得たのか?
2. GAFAは世界をどう支配し、どう創り変えたのか?
3. GAFAが創り変えた世界で、私たちはどう生きるのか?
これらをもう少し丁寧に説明すると、本書の第1章「GAFA-世界を創り変えた四騎士」には、以下のように書かれている。
GAFAは、過去20年間、人類に対して、歴史上かつてないほどの喜び、つながり、繁栄、発明をもたらしてきた。その製品やサービスは互いにつながり合い、何十億もの人々の生活を支えている。ポケットサイズのスーパーコンピュータをつくったのも、発展途上国にインターネットを持ち込んだのも、地球の詳細な地図をつくっているのもGAFAであり、その生み出した富は、その株式を保有している世界中の何百万という家計を潤している。
他方、私たちはGAFAが必ずしも善良な企業ではないと知りつつ、情報を公開しプライバシーへの侵入を許している。メディアはGAFAの経営者をヒーローに祭り上げ、無限の資金ととびきり優秀な人材が世界中から集まり、その結果、GAFAはあらゆる競争相手を粉砕できる力を手にしている。
果たしてGAFAは人類を幸せに導くのか、それともその逆なのか?GAFAはどうやってこれほどの力を手に入れたのか?感情を持たない営利企業がなぜ人間心理の奥深くにまで食い込めたのか?企業でありながら企業の存在と能力の限界を押し広げるまでに至ったのはなぜなのか?その未曾有のスケールと影響力は、将来のビジネスとグローバル経済にどのような意味を持つのか?
こうした数々の疑問に対して答えてくれるのが、本書の著者スコット・ギャロウェイ氏である。同氏は、多様なバックグラウンドを持つ大学教授である。シリアル・アントレプレナー(連続起業家)として9つの会社を起業し、ニューヨークタイムズなどの役員も歴任。ニューヨーク大学経営大学院ではマーケティング論、ブランド戦略を教えていて、2012年には、「世界最高のビジネススクール教授50人」に選出された。
Youtubeで公開している動画「Winners & Losers」は数百万回の再生を誇るほか、TEDの”How Amazon, Apple, Facebook and Google manipulate our emotions”は200万回以上閲覧されている。
本書では、こうした多様なバックグラウンドを持つ大学教授ならではの多角的な視点で、GAFAという巨大企業を紐解いている。
GAFAは、今、私たちの生活のオペレーティング・システムとしての地位を獲得すべく壮絶な戦いを繰り広げており、最終的にその勝者が手に入れるものは何なのだろうか?GAFAの中でも、特に著者が注目しているのが、いち早く1兆ドルの時価総額を達成したAppleではなく、二番手につけているAmazonである。
なぜなら、AmazonはITの領域だけでなく、リアルな店舗の支配にまで乗り出しているからである。小売業はアメリカ経済全体としては成長していないのに、Amazonだけが成長している。その中で、誰が敗者なのかと言えば、Amazon以外の全てなのである。
著者はAmazonをロボティクスで武装した倉庫付きの検索エンジン、そして地球上最大の店舗として捉えている。つまり、Amazonはデジタル・ディスラプション(デジタルテクノロジーによる破壊的イノベーション)を通じて、リアルな小売市場をも席巻しつつあるのである。
買い物をするとき、私たちは今やGoogleでなく、Amazonで検索をするようになっている。全米の世帯の52 パーセントにアマゾンプライムがあり、富裕層では固定電話よりアマゾンプライムと契約する世帯のほうが多いと言われている。更に、Amazonはそのシンプルで明確なストーリーテリングによって、安価で長期で巨額な資本を手に入れているのである。
このように、もはや、世界の歴史は、「GAFA以前」と「GAFA以降」とでも言うような様相を呈している。従って、その内容の是非や事の善悪を論じる前に、GAFAが支配する世界の現状を知るために、まずは本書を読んでみなければならない。
GAFA登場のインパクトについは、本書の出版元である東洋経済新報社がオンラインメディアを通じて、何回も、かつ多面的に記事をアップしている。
ここまで内容を詳しく書いてしまうと本自体が売れなくなってしまうのではないかと心配になるほどだが、特に、慶應義塾大学総合政策学部准教授の琴坂将広氏の『GAFAの経営戦略、実は「古くさい」ものばかり 「覇権の4強」を経営戦略から読み解く』と、経営共創基盤 取締役マネージングディレクターの塩野誠氏の『日本人は「GAFAの恐ろしさ」を知らなすぎる 「四強企業の真実」は現代人の必須科目だ』は解説が素晴らしく、一読をお勧めしたい。
また、企業体ではなく、「東京」という場をGAFAの競合相手として取り上げて論じている、東京大学大学院工学系研究科職員・政策研究大学院大学政策研究院リサーチフェローの田中和哉氏の『東京には「GAFAに勝つ潜在力」がある根本理由 テック4強の経済圏は「現代の護送船団」だ』のユニークな視点も一読に値する。
東京という場には、産官学全てが揃っていて、金融や芸術、食の先端も含めて何でもあることが最大の強みであり、これがGAFAのエコシステムと戦える巨大な仕組みになるというのである。
いずれにせよ、本書については、かなり多くの経営の専門家が掘り下げてコメントしているので、ここでは繰り返しになるのを避けて、本書の3つ目のテーマである「GAFAが創り変えた世界で、私たちはどう生きるか?」について触れてみたい。
本書は、最後の章で、GAFAが支配する世界で個人はどういうキャリアを目指すべきかについても語っている。著者は、GAFA以後の世界について学ぶことは、現代人の必修科目だとした上で、次のように語っている。「大まかに言ってしまうと、現在は超優秀な人間にとっては最高の時代だ。しかし平凡な人間にとっては最悪である。」そして、その行きつく先は、「少数の支配者と多数の農奴が生きる世界」なのである。
GAFAがここまで成功した原因でもあり結果でもあるのが優秀な人材の確保である。GAFAには、今よりGAFA以前の世代で成功を収めた人々が結集している。新しいビジネスを理解しているGAFA以前の人たちがGAFAに入っていくことによって、前世代で蓄積されたノウハウや知見が活用されているのである。
また、GAFAに共通しているのは、IT、投資銀行、コンサルティング出身の人材だけでなく、社会科学の専門家、例えば行動経済学やゲーム理論、マーケットデザインといった経済学などの博士課程出身者や、工学系でも一流の研究者としても活躍できる高度なノウハウを持っている人材を積極的に好待遇で採用していることである。
彼らは超一線級の研究者であり、圧倒的な量のデータを活用できる魅力や、世界最高水準の知性に囲まれて戦うことに魅力を感じてアカデミアを去ったプロフェッショナルたちである。こうした人たちが、最先端の研究を経営の現場に応用し、GAFAの成長を加速させている。(前出『GAFAの経営戦略、実は「古くさい」ものばかり 「覇権の4強」を経営戦略から読み解く』)
このように、GAFAには日本企業には見られない人材の多様性があり、そのように多様な人々が同じ文化の中で新しいものを作ろうという空気ができているのである。
それでは、日本企業はどうであろうか。冒頭でGAFAの時価総額について触れたが、これに関連して、最近、『昭和という「レガシー」を引きずった平成30年間の経済停滞を振り返る』という特集が出ている。 ※世界の時価総額ランキング50社の比較表
これによれば、平成元年(1989年)の世界時価総額ランキング50位以内に、32社の日本企業が入っている。(※日本32社、アメリカ15社、イギリス3社)
これに対して、平成30年(2018年)の世界時価総額ランキング50位以内に、日本企業は1社しか入っていない。(※アメリカ31社、中国7社、イギリス2社、スイス2社、フランス2社、日本1社、韓国1社、香港1社、台湾1社、ベルギー1社)
誰かがネットで、これを見れば平成という時代が何だったのか、ほとんど説明できてしまうと言っていたが、全くその通りだと思う。
そして、日本がなぜここまで徹底的に後れを取ってしまったのか、或いはなぜここまで世界が日本のずっと先を行ってしまったのか、その理由は色々と考えられるが、大きな要因のひとつが日本の経営人材の問題である。
この点について、学生のための就活情報サイトである外資就活ドットコムに載っている東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻専門人工知能特任准教授の松尾豊氏のインタビュー記事『既得権者が甘い蜜を吸うだけの日本AIに未来はない~“資金の補給路なし” 負け戦と認識せよ』が大変興味深かった。
松尾氏によれば、日本のAI研究は、それを後方で支える機能で圧倒的に負けている。GoogleやFacebookはその後ろに巨大なマネタイズマシンがあり、常に資金が供給され続けている。中国のTencent、Alibaba、Baiduにも、同様な資金が流れ込む生態系ができ上っている。
逆に、日本企業で世界のプラットフォームを取れた企業は一つもなく、現在、私たちが日常的に使っているiPhoneやGoogle、Facebook、Twitter、Amazonの中に日本の企業は全くない。この20年間、負けの連続であり、絶対的優位だったはずの半導体や家電産業も陣地を失っている。
そして、これほど日本社会へのAI導入が進まない根本的な原因は、日本企業の経営者の勉強不足であり、「経営者は技術のことを分からなくてもいい」といった甘えがはびこっているからだと言う。
その上で、松尾氏は、もはや日本が逆転するチャンスはなく、「客観的に考えるとどう考えても勝ち目がない」と認識することで、初めてチャンスが生まれてくると言う。
このように松尾氏が嘆いている現状は、学生の就職人気ランキングに如実に表れている。最近、話題になったのが、ONE CAREERという就職サポート企業が発表した『東大京大・20卒就職ランキング:足踏みする総合商社、飛躍するコンサル』である。※大学生就職人気ランキング表
2020年に就職予定の東大・京大の学生へのアンケート結果だが、ここではランキングの上位6社までをコンサルティングファームが独占、トップ10企業のうち8社を占めている。その一方で、総合商社、大手メーカー、インフラ企業が軒並み順位を下げている。
下積みを前提としたキャリア、つまり総合職として学生を採用して一括配属したり、2〜3年でジョブローテーションを繰り返すキャリア形成が、もはや上位校の学生の志向にマッチしていないのである。
GAFAが支配する世界の行きつく先は、「少数の支配者と多数の農奴が生きる」ディストピア(暗黒郷)なのか、或いはその恩恵を全ての人々が享受するユートピア(理想郷)なのか。
ギャロウェイ教授の結論は、次の通りである。「このかつてないほどの規模の人材と金融資本の集中は、どこに行き着くのだろうか。四騎士のミッションは何なのか。がんの撲滅か。貧困の根絶か。宇宙探検か。どれも違う。彼らの目指すもの、それはつまるところ金儲けなのだ。」
このGAFA以降のゲームのルールにどう立ち向かうのか。各人一人一人の世界観と行動力が問われているのである。