本書はデイビッド・モントゴメリー著“Growing a Revolution”の全訳であり、『土の文明史』『土と内臓』(ともに築地書館)に続く三部作の完結編である。三作はいずれも、人間社会とそれを包括する文明と環境を、「土」という共通の切り口で解読したものだ。
一作目『土の文明史』では、世界の文明の盛衰と土壌の関係を。世界中のさまざまな時代と地域を検証した著者は、土壌が文明の寿命を決定し、土を使い果たしたとき文明は滅亡するという結論に達した。現代文明においても、農業生産性を上げるために化学肥料や農薬、機械力を集中的に投入するほど、土壌は疲弊し、やがては生産に適さなくなる。しかし化学製品の投入量を抑え、土壌肥沃度を高めながら、今後の人口増加に対処して食糧を増産するような方向へと転換することは可能なのだろうか。われわれの文明が滅亡を回避するための道として、土の扱いを変えることを提唱しながらも、著者の悲観的な視線がそこには感じられた。
二作目の『土と内臓』(アン・ビクレーと共著)の主人公は、土壌中の生物、特に微生物だ。土壌微生物や土壌環境と植物の根の関係が、人間の腸内細菌、腸内環境と腸の関係に驚くほど似ていることを、この本は指摘する。土壌生物と共生し、土壌から栄養を吸収する根は、腸内細菌と共生して食物から栄養を吸収する腸を裏返したものだと著者は言う。そして土壌や腸内細菌の健康は、植物と人間の健康に深く関わっているのだ。土壌微生物の助けを借りて、植物は栄養を吸収したり病原体を撃退したりすることができる。有機物は直接作物の栄養にはならないが、土壌生物の栄養となり、土壌生物が栄養の取り込みを助ける。
そして三作目の本書は、原題“Growing a Revolution”が示すとおり、農業革命、第五の最新の革命の可能性を示唆する。歴史上農業にはいくつもの革命があった。最初の革命は農耕の始まり、犂と畜力の導入だった。次の革命は輪作・間作、堆肥の利用だ。第三の革命は機械化と工業化、第四の革命が第二次世界大戦後の緑の革命とバイオテクノロジーだ。それらは各時代で食糧の増産に貢献し、人口増加や社会の発展を促したが、半面、土壌侵食や肥沃度の低下を引き起こして耕作不能な土地を生み、枯渇が心配される石油に農業が依存する体制を作りあげた。『土の文明史』でこのように悲観的に提示された文明と土壌の寿命についての難問は、『土と内臓』で得られた土壌生物と植物の共生についての知識によって第五の革命へと導かれる。土壌生物と共生する農業。キーワードは「不耕起」だ。私たちは、農業とは田畑を耕すことだという固定観念を強固に持っている。しかし耕さない農業だって? 多くの人には、おそらく有機農業や無農薬栽培の支持者であっても、にわかには信じられないかもしれない。
モントゴメリーはアメリカ全土を、そして世界各地を飛びまわり、不耕起栽培を実践する農家に取材する。そうして得られた現場の知識と豊富な科学的知見から、土と共生する農業が成功する三原則を導き出した。すなわち土壌の攪乱の抑制、被覆作物、多様性のある輪作だ。この原則に従わなければ、有機農業といえども土との共生はできず、土壌は疲弊し、収量は低下する。
一方、この原則に沿うことで、有機農業は慣行農業に勝るとも劣らない収穫を上げることができる。また慣行農業であっても化学肥料、農薬、燃料の使用量を大幅に抑えながら収量を維持・拡大することが可能になる。有機農業に移行するにせよしないにせよ、不耕起農業の原則は、農家の収入と農業の持続可能性を高める役割を果たすのだ。
本書が道筋を示した新たな農業革命は、すでに少しずつではあるが実現に向かっている。それはすべての問題を一つの手段で解決できる魔法の弾丸のようなものではない。だが、三つの原則を押さえながら、持続可能な農業へと移行することで、私たちは増加する人口を養い、なおかつ環境への影響を軽減し、多様な生物と共存していくことが可能になるだろう。もはやできるかできないかの段階ではない。やるかやらないかの段階なのだ。本書がその手がかりとなるとすれば、おそらく著者にとって、そして訳者にとっても、それに勝る喜びはないだろう。