歴史に“もし”はない。もし奴隷制がなければアフリカはもっと経済発展を遂げただろうか、もしイギリス統治がなければインドの識字率はもっと高くなっていただろうか、もしフランスではなくスペインに支配されていればハイチはドミニカよりも豊かになっていただろうか。想像力豊かに刺激的な虚構のストーリーを作り上げることはできても、時計の針を巻き戻し、ありえたかもしれない結末を知ることはできない。物理学者が気温などのあらゆる環境をコントロールしながら特定の条件だけを少しずつ変化させて行う実験のように、歴史を繰り返すことはできないのだから。
歴史だけでなく進化生物学や地史学のように過去を扱う分野では、因果関係を明らかにするための最も強力な手法である実験を、用いることができないのだろうか。そうではないと本書の編著者であるジャレド・ダイアモンドとジェイムズ・A・ロビンソンは説く。歴史関連の学問においては、自然実験という方法が効果を発揮する。この自然実験では、多くの側面では似ているが一部が顕著に異なるシステム同士を比較することで、歴史の“なぜ”に答えを出そうとするのである。
たとえば、今では天然痘に抵抗力を持つ血液型が知られているが、この知見はマッドサイエンティストによる人体実験によって得られたものではない。各血液型の抵抗力の違いは、数十年前にインドで天然痘が大流行したさいの血液型別の症状や死亡率を調べることで確認されたのだという。自然がもたらした多くの事例の中から、あたかも巧みに設計された実験のように比較できる条件の事例を探し出し分析する自然実験では、計量的手法や統計が大きな役割を果たすことも多い。
この本では、歴史研究においてどのような比較手法が使われているかを、計11人の研究者による8つの研究事例とともに紹介していく。これらの研究には従来の歴史学と同様に「ナラティブに話を進めながら証拠を見つけ出し」ていくという作業も含まれている。細かな事実が正確に積み上がっていなければ、システム同士を比較する起点を確保できない。そして、広い範囲を扱いまとめあげなければ、個別の事例を追求するための枠組みが提供されない。再現することのできない歴史の原因と結果の連鎖を知るためには、どちらのアプローチも重要だということだ。
本書で最初に取り上げられるのは、「歴史の比較分析にとってほぼ理想的な地域」であるポリネシア諸島である。ポリネシア諸島が理想的な舞台である理由は、第一にその島々がサイズや地質年代に大きな幅を持つこと、第二に島に住む人々が同じ祖先集団を共有していること、第三に18世紀末に西洋によって発見されたポリネシアの社会システムが多岐にわたっていたところにある。同じ祖先を持ちながら、多彩に異なる環境に身を置き、バラバラな社会を作り上げたポリネシアでは、あらゆる角度からの自然実験が可能になるのである。本書で取り上げられている研究事例では、ポリネシア社会がどのように分岐・変容を遂げたのかを丁寧に検証することで、指導者の世襲制という社会の本質的要素までが様変わりしていく過程が示されている。
比べるべきシステムが全て歴史学の枠組み内に存在するとは限らない。フーバー研究所シニアフェローであるスティーブン・ヘイバーは、経済学や政治学の洞察を用いることで、歴史の研究がより充実することを示している。ヘイバーは、アメリカ、メキシコ、ブラジルで銀行システムがどのように誕生し、発展していったかを様々な観点から比較している。この研究では、多くの人々に信用を供与する銀行システムが発達するために必要なのは政治的エリートではなく、効果的な参政権であることが示される。
本書では他にも、アメリカ西部を初めとするフロンティアで移民がどのようなパターンで増えていくのか、太平洋の島々での森林破壊をもたらした真犯人は何か、更には冒頭で例示したアフリカに奴隷貿易が残した傷跡やイギリス統治のインド経済への影響という興味深い事例が簡潔にまとめられている。それぞれが、個別の独立した歴史読み物としての面白さを備えている。
これだけ多彩な研究内容を、自然実験というテーマで横ぐしを刺して統一感を持たせ、一冊の読み物としてまとめあげた編者の腕前には脱帽である。各研究で用いられている手法の共通する点、異なる点を比べてみれば、自然実験の強力さが良く理解できる。世界を見つめる目に新たな視点を与えてくれる一冊である。
本書の編著者の1人であるジャレド・ダイアモンドによる、人類の繁栄はなぜ大陸によってこれほど異なるのか、という大きな問いに真正面から挑んでいく古典的名作。
本書のもう一人の編著者であるジェイムズ・A・ロビンソンとアセモグルによる一冊。鰐部祥平によるレビューはこちら。
統計学はあらゆる学問で大きな役割を果てしているが落とし穴も多い。レビューはこちら。