『ほぼ命がけサメ図鑑』の著者・沼口麻子さんとのお話も佳境。①シャークジャーナリストは、死を覚悟した! ②サメのふしぎと、謎とロマンの古代ザメ、に続く、第3回。さらにディープなサメ話は続きます。
サメは本当に「危ない」のか?
塩田 :チョウザメやコバンザメは、じつはサメではないんですが、よくサメと混同されますよね?
沼口 :ええ、でも和名に「サメ」とついているので、それはしかたないです。
塩田 :そもそも、サメ=危険、と思われているのは、なぜなんでしょう?
沼口 :ニュースでサメが扱われるときに「危ない」以外の内容で報道されたの、ほとんど見たことないですからね。
「インドネシアで小っちゃいサメの新種が発見されました」ってニュースでも、わざわざテロップで「人は襲いません」って書いてあるくらいです。
たしかに結果的に「人食っちゃったザメ」はいるんですけど。好物のウミガメと間違えられて、サーファーがアタックされたり。
塩田 :でも、それでうっかり人間を食べてしまって「人間おいしいじゃん」って人食いザメになってしまう可能性はないんでしょうか?
沼口 :うーん、でもサメは、私が「会いたいな」と海に行っても、なかなか会えるものではないですし、たとえばホホジロザメは回遊するから1か所にとどまってない。そう何度も遭遇はできないです。
……じつはホホジロザメは出産のために、東京湾にも入ってくる時期があるんです。
塩田 :え? ホホジロザメって東京湾でも出産してるんですか?
沼口 :してます。たまに定置網に、生まれたての赤ちゃんがかかることもあります。
塩田 :そんな身近にいたとは。
沼口 :湾に入ってくるのは6月頃だったかな、その時期ぐらいは気をつけたほうがいいかもしれないですけどね。それでも、めったに会えませんけど。
塩田 :なるほど……。じつは今日、ぜひ沼口さんにうかがってみたかったことがあって。
以前、沖縄の離島に行ったときの話なんですけど、地元のおじちゃんたちが浜辺で酒盛りをしていて、混ぜてもらって一緒に飲んでたんです。そうしたらだんだんみんな酔っ払ってきて、自慢話になってくるんですよ。「俺は昔、6メートルのサメを釣ったぞ!」とか。
沼口 :あはは(笑)、いいですね。
塩田 :で、あるおじちゃんが「俺が獲ったサメなんてな、めちゃくちゃでかくて、腹を裂いたら、中からでっかいウミガメの甲羅が出てきたんだぞ!」って言ったんです。
そうしたら今度は別のおっちゃんが、「俺だって、でっかいサメを獲ったぞー! 俺が獲ったサメなんかな、腹を裂いたら、中からウェットスーツが出てきたんぞおー!!」って。
沼口 :ははは(笑)。
塩田 :その時はギャーッて思ったんですけど、もしかしたらあれ、酔っ払いのほら話だったのかな?って。
沼口 :いやいや、それはイタチザメで、最大で7メートルくらいになります。あったかいところの沿岸にいるサメで、漁業被害やサーファーをアタックするのも、日本ではイタチザメのことが多いと言われています。
イタチザメは、海面に浮いているものをよく食べるんです。ダイビングをしていると、うっかりウェットスーツが飛ばされてなくなることがあって……。
塩田 :あ、じゃあ……、人間ごと丸呑みされたというわけではなく……。
沼口 :ええ、多分、スーツだけを飲み込んじゃったんだと思います。
塩田 :なーんだ。
沼口 :イタチザメはウミガメが好物で、甲羅ごと食べられるすごい歯をしています。だから、イタチザメの胃からは甲羅がたくさん出てきますね。
塩田 :消化されないんですか?
沼口 :多分、がんばって消化してる途中なんじゃないかな。1口で食べられるサイズだったら、甲羅が丸ごと入っていることもありますね。
あと、イルカや海鳥もよく入ってます。だから、イタチザメは解剖したとき、すっごく臭いです。
塩田 :ウェットスーツが出てきたことは?
沼口 :それはないですけど、タイヤとか車のナンバープレートとか、浮いてるのは何でも飲み込んじゃうみたいです。イヌとか太鼓が入ってたって話も、聞いたことがあります。
塩田 :イヌ? 太鼓??
沼口 :ええ、外国の事例ですけど。
塩田 :いやぁ……、おっちゃんたちに騙されたんじゃなくてよかったです(笑)。
沼口 :でも、前に出会ったサメ狩りしているおっちゃんは、聞くたびにサメのサイズがどんどん大きくなっていって(笑)。
さっき5メートルって言ったのに、今度は7メートルとか10メートルとかになってたりとか。……きっと、大きかったことには変わりないかもしれませんけど(笑)。
サメをまるごと利用する!
塩田 :ところで、サメを食べるといえばやはりフカヒレですが、フカヒレ産地である気仙沼では、肉も食べようと工夫しているようですね?
沼口 :そうですね、気仙沼では革を加工する会社があったり、サメ肉専門の工場を作ったりしています。
塩田 :革は何に使うんですか?
沼口 :お財布とか名刺入れとか、牛革と同じように何にでも加工できます。私はこれ、気仙沼のヨシキリザメの革でできた名刺入れを使っています。
塩田 :わあ、きれいですね!
沼口 :色は自由につけられますし、ラメが入ってるものもあったり。
塩田 :これもやっぱり、歯とおんなじ成分なんですか?
沼口 :これは、表面にある歯と同じ成分の部分(楯鱗・じゅんりん)を薬品で溶かして、牛革と同じように、なめして加工しています。
沼口 :ちなみにこっちのお財布はタイで買ったエイの革で、これは楯鱗そのままです。
塩田 :どんどん出てきますね(笑)。触っていいですか? ああ、硬いですね。なんだかガラス製のビーズみたいな……。
沼口 :これはタイとかインドネシアで人気ですけど、日本ではつくってないです。
塩田 :日本でもつくったらいいのにー。私も欲しいな。
沼口 :このエイが、日本にはいないんですよ。
塩田 :それは残念……。で、サメの肉はおいしいんですか?
沼口 :フカヒレをとるヨシキリザメは、昔は練り物には使っていたようですが、最近はあまり食用にされていません。それをおいしくブランド化しようとして、工場をつくったりしています。
他にも食用として流通しているのがネズミザメとアブラツノザメです。こちらは普通に肉がおいしいので、全国で流通しています。
塩田 :子どもの時に読んだ漫画に、「サメはアンモニア臭い」という話が出てきて、へえそうなんだとずっと思っていました。
沼口 :鮮度管理ができてないと、やっぱり臭いですね。でも獲れたてだと、まったく臭くないです。今はもう、冷凍技術もしっかりしてますから。
塩田 :そうですね、私が子どもの頃はまだ東京でサンマのお刺身なんて流通してなかったですけど、今は東京でも普通に食べられますしね。
息抜きは、「サメあご」
塩田 :本にはさまざまなサメをイラスト入りで紹介している図鑑ページがあって、これも魅力的ですよね。
ホホジロザメのところで気になったんですが、ホホジロザメは「黒目が大きい」って書いてありますね?
沼口 :サメの種類によって違うんですよ。白目の中に小さな黒目があったり、猫みたいに黒目が縦になってたり。ホホジロザメの場合は、真っ黒です。
塩田 :でも「獲物を噛むときに白目を剥く」とも。
沼口 :ホホジロの液浸標本を作るのを見たことがありますが、口の筋肉が目とつながっていて、口を大きく開けると自動的に眼球が裏返しになっちゃう構造みたいです。
そのほうが敵にやられなくて都合がよいから、そんなふうに進化したのかもしれません。
塩田 :へえー。よくできてますね。
沼口 :そのときは口を大きく開けた標本を作りたかったらしいんですけど、開けると白目になっちゃうから、大変だったみたいです(笑)。
塩田 :沼口さんご自身も「サメの顎の標本を夜な夜な作っていた」と書いてありますが……?
沼口 :頭蓋骨を外して、肉を削いでいって乾かすんです。
塩田 :趣味で?
沼口 :学生時代、サメの研究室の同級生は、研究に疲れるとみんなで息抜きに標本作ってましたね。
塩田 :息抜きに作るんですか?
沼口 :そう、作ってると先生に怒られるんですよ。「お前ら何してるんだ」って。
塩田 :え、なんで?
沼口 :研究しないで、遊んでるから(笑)。
塩田 :息抜きってふつう、全然違うことするんじゃないんですか?
沼口 :いや、息抜きはサメ顎づくり。夕方に先生が帰ったあと、みんなでいっせいに作ってましたね。「朝までには終わらせるぞー」って。だから学生の時から、息抜きはサメ顎。
塩田 :ええー(笑)!
沼口 :このエピソードおもしろいんですか??
塩田 :(そりゃそうだよ~、だって変だもん!)どれぐらい時間かかるんですか?
沼口 :大きさによります。1ヵ月ぐらいかかるのもあれば、小さいと1〜2時間でできちゃうのもあるし。作れば作るほどスピードも上がるし熟練度もアップします。種類によって難易度も違いますね。
塩田 :何が難しいんですか?
沼口 :ホホジロザメとかアオザメって硬いんですよ。だから包丁やハサミを入れるときの力がすごくいるんです。
あと大きいと頭だけで20キロとかあるので、それを1人でひっくり返しながらやると、すごい筋肉痛になります。大変です。ただ硬いサメの方が、標本にしたときの完成度は高いです。
逆に深海ザメはヒトの鼻の軟骨みたいに柔らかいので、顎を取り出すところまでは簡単ですけど、縮み具合を計算しながら乾燥させるのが難しい。意図せぬ形に曲がっちゃったり。
自分の思い通りのかっこいい形にするために、みんな試行錯誤します。出来上がりの標本の色についても薬品何を使うかなど、こだわる人もいますし。
塩田(心の声) :(……何を目指してるんだろう? でも……、もしその場にいたら、やっぱり夢中でサメ顎作ってしまいそうな気がする……。)
→ 衝撃のその④、インドネシアで危機一髪!?……ガチで「ほぼ命がけ」、に続く。
「サメの腹からウエットスーツ」の話をきいた、鳩間島が舞台のノンフィクション。塩田のレビューはこちら。
でもやっぱり、サメが表紙を飾るのは、カッコいいからだと思うのです。
人を襲う?つながりで。レビューはこちら。
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