『ほぼ命がけサメ図鑑』これが世界でただ一人、サメ専門ジャーナリスト・沼口麻子の生きざまだ! その① シャークジャーナリストは、死を覚悟した!
やばい、遅刻だ! 必死で走る私。バッグの中には、『ほぼ命がけサメ図鑑』。
その日私は、世界でただひとりのサメ専門ジャーナリスト(シャークジャーナリスト)であり本書の著者でもある、沼口麻子さんと会う約束をしていた。が、池袋駅前で道に迷ってしまっていた。
サメ――海に行ってもお会いしたくない生物の代表格。「凶暴な海のハンター」というイメージをもつ人も多いことだろう。
ところがそのサメを追い求めて、サメの情報発信を生業としている女性がいる。しかも、6年がかりで執筆した本『ほぼ命がけサメ図鑑』は発売後わずか5日で重版したというではないか!
『ほぼ命がけサメ図鑑』は、サメの生態など科学的な紹介から料理など人との関係、サメQ&Aに研究現場の紹介などなど、内容盛りだくさんのサメへの熱い想いにあふれる一冊である。
これはもう、著者に会ってみたいと思わないほうが、おかしいのではないか。
時間ぎりぎりに、汗だくになって待ち合わせ場所に到着すると、沼口さんは見知らぬ男性にボトル入りの怪しげな液体を渡しているところだった。
「すみませーん、道に迷ってしまって! 私もロレンチーニ器官(※サメの第6感といわれる感覚器)があれば、迷わなかったかもしれないんですけど!」
と声をかけた。が、目は沼口さんの手元のボトルに釘付けだった。下のほうで、ミミズのような細長いものがゆらゆらしている。
「あ、これ? オンデンザメを解剖したら、寄生虫がたくさん出てきたんですよ。それで、あ、彼は寄生虫の専門家なので、渡そうと思って」
――と、ここでうかがった寄生虫のお話もめちゃめちゃおもしろかったのですが、この記事の主役は沼口さん。そろそろ、インタビューをはじめましょう!
インタビュー全4回+番外編の全5回でお届けします。
きっかけは突然やってきた
塩田 :今日はよろシャークお願いします!
沼口 :よろシャークお願いします(笑)。
塩田 :まず、シャークジャーナリストになったきっかけって、何だったんですか?
沼口 :なったきっかけは……、会社をクビになった、というか……。
塩田 :は?
沼口 :8年間OLをやっていて、ITのプログラマーだったんですけど、このまま会社員で人生まっとうしようって思ってたんです。
それがある朝突然、会社に行こうとしたら、立ち上がれなくなってしまって……。それから20日間くらい、まったく動けなくて。もう二度と立ち上がれないんじゃないかと思いました。
塩田(心の声) :(うわ、最初から私、地雷踏んじゃった?)
沼口 :その後、会社に復帰はしたんですけど、体調悪くて。
会社の役員さんに「今、すごく辛くて。これからどうしようか考えてます」って話したら、「沼口さん、私、8年前の入社式からあなたを見てるけど、あなた会社に合わないと思ってたのよね」って。
塩田 :えええーー!
沼口 :すごいショックで。でも今思えば、あの役員さんはちゃんと観てたんだなって。向いてなかったから、やっぱり辛かったんだって。
でも辛いってことを認識しないように、がんばってしまってたんですね。それでプチっと切れてしまったというか。
塩田 :そ、それは大変でしたね。……でも、そこからシャークジャーナリストって、飛躍しすぎなのでは?
沼口 :会社を辞める前に半年ぐらい休職してたんですけど、家に引きこもって、「私は人生で何がやりたいんだろう?」って、考え続けました。
その結果、「そうだサメが好きだった!」って思い出したんです。じつはそれまで、サメのこと、忘れてたんですけど。
塩田 :え、忘れてたんですか?
沼口 :忘れてたんです。会社員になる時点で、サメのことを忘れて働こうと。論文とかも全部捨てたし。
塩田 :たしか、サメの研究で大学院までいかれたんですよね?
沼口 :そう、だけどサメで就職できなくて。それで、東京で会社員になってお金を稼ごうと決めたんです。中途半端にサメやるのも難しいし、だったらいっそ決別しようと。
塩田 :はー……。でも転職にあたって、たとえば水族館の職員とか、他の選択肢はなかったんですか?
沼口 :一応、就職活動をしたんです。水族館とか研究機関とか。でもその時点で32歳、実務経験がなくて、全部書類で落とされたんですよ。
プログラマーだったら転職できたんでしょうけど、それだと会社はかわっても、結局これまでと同じことをするだけですから。
塩田 :あー……、なんとなく気持ちはわかります。私も失業して、しばらくニートで悶々としていたことがあるので。
沼口 :それで「私は人より何ができるだろう?」って、探して、あがいて。
サメだったら他の人よりできるぞ、あとプログラマーだったからパソコンもできる。それならインターネットを使ってサメの情報発信ができる。
それで食べていけるとは思わなかったけど、とりあえずやってみようと。まだ会社を辞める前の休職中だったんですけど、「シャークジャーナリスト」ってアカウントをFacebookでつくって、情報発信を始めたんです。
塩田 :それで、行けそうだって感触があった?
沼口 :会社辞めるまでわかんなかったんですけど、辞めた瞬間に仕事が来たんですよ。テレビのサメクイズとか、高校での講演会とか、雑誌の連載の話とか。
塩田 :おお、サメ限定で打ち出したのが、かえってよかったのかも。
でも、シャークジャーナリストになるって言ったとき、周りの反応はどうだったんですか?
沼口 :そうですねえ、父には「なんで就職しないの?」って感じで、会うたびに怒られましたね。今回本を出して、初めてこれが仕事だとわかったみたいです(笑)。
シャークジャーナリストのしごと
塩田 :では、仕事の中身はどういうものなんでしょうか?
沼口 :サメに関する私にできることなら、何でもします。ひとつは「サメに関する情報発信をする日本で唯一の機関、というか人」ですね。あと、雑誌の連載とか……。
塩田 :それはサメに関する連載?
沼口 :はい、サメ以外の仕事はいっさい受けないので。あとは、テレビのクイズ番組でサメの解説とか。
塩田 :学校でも教えてますよね?
沼口 :はい、東京コミュニケーション専門学校で、水族館職員とかダイビングインストラクターとかになりたい生徒さんに、サメの授業をやってます。
塩田 :解剖とかですか?
沼口 :そうですね、それもあるし、サメの基礎知識とか、食べたかったら食べることもあるし。学生さんがやりたいこと、何でも。
塩田 :授業、やりがいがありそうですね。シャークジャーナリストのやりがいって……?
沼口 :24時間、サメができる! サメ以外のことをしなくていいというのが、生きててラクになりました。
塩田 :会社員時代はあえてサメを忘れて生きていたけれど、今、どっぷりサメになったほうが、生きててラクだと。
塩田 :でも、大変なこともあるんじゃないですか?
沼口 :自分で何かやろうってのはいいんですけど、人に何か言われてやるのが苦手なんです。私はサメに会いたいのに、それを妨害してきたり、阻止しようとされたりとか。それが一番腹がたちますね。
塩田 :それはやっぱり、会社員、辛かったかも。渦中にいるときは気がつかないけど、あとになって振り返ると「あれすごいしんどかったな」ってことありますよね。
沼口 :そうですね。
塩田 :でも、人間関係以外でも、本にも出てきますけど、スコットランドでウバザメと泳いで低体温症になって死にかけたり、小笠原でサメの尾ビレにはじき飛ばされたりしてますよね? 肉体的にきついってことはないですか?
沼口 :うーん、好きでやってますからね。多分、私、「ゆるやかな自殺」って感じでサメをやってるんですよ。
塩田 :ゆるやかな自殺??
沼口 :はい、シャークジャーナリストになって好きなことやってるので、死は覚悟しています。というか、死が覚悟できたので、今の仕事を始められたというか。
結局、自然界で人間なんて、ちっぽけなもんですから。けして死んではいけないので万全の注意をして挑むのですが、なにが起こるかは誰もわからない。生き物なんだから、自然のなかで何かあったら、まあ死ぬよねってスタンスですね。
塩田 :あ、その感覚、ちょっとわかります。自然のなかでは防ぎようのない事故ってありますしね。それで「自然のなかには絶対行かない」ってなるのも、自然のなかに身を置くことを生きがいにしている人にとっては、違うよねって思うし。
沼口 :「自然のなかには絶対行かない」というのもひとつの選択肢だと思います。
ただ、忙しく毎日を過ごしていると、人間は神から与えられた特別の存在、って勘違いしちゃうのかもしれません。