あかるい資本家への道 『サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい』

2018年5月9日 印刷向け表示
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少し前に「世の中には500万円で買える会社がこんなにあった!」と題する「現代ビジネス」の記事が、莫大な閲覧数を集めた。本書は、その記事の筆者が書いた本である。起業を薦める本は世に数多あるが、サラリーマンに「企業買収」を薦める本はほとんど無い。画期的な本である。

著者は、事業承継や事業再生のタイミングにある中小企業を引き受ける、投資ファンドを運用している会社のCEOである。つまり、ビジネスの現場で実践している貴重なノウハウを公開しているのである。それはなぜか。その意図について、本書にはこう書かれている。

現在日本が直面する大きな課題、中小企業100万社が廃業するといわれる「大廃業時代」への一つの解決策を提示したい(中略)ノウハウそれ自体をみなさんに伝え、読者のみなさんにも「中小企業の経営」そのものを担っていただくことで、日本の貴重な資産である中小企業とその技術などを承継できる環境を作り上げたいと思っています。 ~本書より

例えば、私が大好きな駄菓子・梅ジャム。唯一人の製造者が高齢になり機械も老朽化したことから廃業の決断をした、というニュースが今年流れた。赤字が理由ではない。この企業が買収先としてふさわしいかどうかは別にして、梅ジャムが食べられなくなるのは、日本の文化(私個人?)にとって大いなる損出である。こういう事例は、山ほどあるだろう。

もちろん、読者にとって本書の魅力はこのような「社会的な意義」にはない。雇われ社長よりも資本家を目指したほうが大きな見返りが得られ、サラリーマンは「起業」よりも「企業買収」のほうが近道であると説いている。実益を目指した、生き方の提案なのだ。買収先企業の業績を伸ばすには、サラリーマンの経験が非常に役に立つというのである。

人生100年時代や人口減少社会についてのビジネス書がベストセラーになっている。ただ40代・50代のサラリーマンは、それを読んでも打つ手を思いつかず心配が募っているのではないだろうか。本書は、さながら蜘蛛の糸である。さらに、20代・30代も多数購入しているという。若い人の行動は早い。しかし、芥川龍之介の小説のように、慌てて後に続くものを追い払ってはいけない。

本書によると、制度も追いつきつつあるという。いずれ新しい働き方・新しい世の中ができ、より太い糸になることを期待しよう。その前に自らすべきことは、正しい企業買収の判断力をつけることである。世の中の先を見る目と、買収先企業のデューデリジェンス、そして自分の力を知ることだ。そして何より、本書を読んでコンセプトを理解することが先決だ。

以前私は、起業家ゼミに参加したことがある。そこには、飲食店を経営したいという夢をもつ方が大勢いた。しかし本書では、飲食店経営のノウハウがないサラリーマンに成功はおぼつかないと説いている。著者は、実例を示すなど言葉をつくして、飲食店起業という地獄の選択肢から読者を遠ざけようとしている。ここも、本書の読みどころの一つだ。

夢を抱く人は「良いものを安く提供したい」と意気ごむ。そうすると、FL比率が高くなりがちなのだ。FL比率が55%以上になると採算がとれない。儲からないお店は続かない。FL比率とは何か。それについても、本書できちんと説明されている。すでに飲食店開業の夢に向かって邁進されている方も読んでおいて損はない本だ。

もう一つ、皆さまに是非ともお伝えしたいことがある。そもそも、夢というのは居心地の良い暮らしとセットのはずだ。年をとってから、慣れない仕事を延々と続けるのはツラい。少しくらい蕎麦が好きだからといって、掃除や仕入、経理や従業員教育といった飲食店経営の役務を毎日担うことはできるだろうか。それよりもまずは、会社勤めで手にした武器を見つめ直してみたらどうだろう。

本書によると、事業承継に苦しむ中小企業のなかには、当たり前の経営管理がなされてない会社もあるという。大企業にお勤めの方なら、PCのスキルもあるし、OJTなどで様々な管理手法も身につけているはずだ。ドラスティックな手法をとらなくても、これまで普通に実践してきた仕事をすれば業績を回復できる可能性があると説く。

サラリーマンはすでにある事業(イチ)を大きくするために日々精励している。しかし、起業をするということは、ゼロからイチを生み出すことであり、求められるものが根本的に異なる。本書の記述で私が大きくヒザを打ったのは、フジテレビ買収に関する堀江貴文氏と堀紘一氏との次のやりとりである。堀氏の発言から始まる。

「君みたいな若いやつが、フジテレビの経営なんてできるか」といったことを吐き捨てるように言いました。(中略)それに対して堀江さんは、なんと「できますよ。何を言ってるんですか。僕はもう10年、社長をやってるんですよ」と言い返したのです。 ~本書より

これについて著者は、堀江氏がゼロからイチを作った起業家として乗り越えてきた苦難は想像を絶するものがあっただろう述べ、経営者としてそれほどの経験値を持つ人は当時のフジテレビには一人もいなかっただろうと推測している。そして、堀江氏が率いるフジテレビを見てみたかったと書いている。

確かにフジテレビは、現在、視聴率が低迷している。もともと、一般的な改善はすでに実施されていたはずで、求められていたのは雇われ社長の手腕ではなかったということなのかもしれない。そして私は再度、書名を見返した。『サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい』。よくできたタイトルである。

著者が薦めているのは、小さな会社を一般的な業務管理手法で改善し、企業価値を上げることである。買収先さえ間違えなければ、資本家となり、これまでの人生とは違う次元の見返りを得ることも夢ではないという。しかも「大廃業時代」を前に、今は優良な買収先候補が手つかずで残されている好機なのだ。

著者の提案には、説得力がある。「終身雇用は現代の奴隷制度」堀江貴文氏も、本書を推薦している。定年退職して年金暮らし、脱サラして起業。そのいずれでもない第3の選択肢を提示した大変興味深い本である。日本のサラリーマンの生き方をリフレームする、この本の意義は果てしなく大きい。

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