「ご苦労様でした」と花束を渡され、見送りの車を断ってロードバイクで走り去る男。引退前の最後の客に深々とお辞儀をした直後、リゾートのプールに飛び込む旅館の女将。二人とも満面の笑みを浮かべている。こんなCMを覚えているだろうか。
定年のイメージを覆す楽しげな姿を、そんなはずがないと思った人は多いだろう。
フリーランスの物書き、高橋秀実には定年がない。だが同年代の会社員である編集者は次々と定年を迎え去っていく。では定年って何?という素朴な疑問を解消すべく取材が始まった。
定年は会社員でなくなる期日である。そこですっぱり新しい人生を模索するか、恋々と前職に未練を残すかはその人の心構え次第ということになる。百人百様、人生いろいろ。
多くの男性にとって定年は生きる基盤、拠り所を失うことだという。のんびりと読書や散歩、新しい趣味を見つけようとしても、そんなのは1か月で飽きる。
夫婦仲良く、と夫は思っても、妻には妻の人間関係が出来上がっており、付け入る隙はない。自分だけ、することもなく所在無げに居ると妻からこう言い渡される。
「あなたも自立しなさい」
こんなことに備えて会社では「定年セミナー」も催されているようだ。切実なのはお金のことだ。老後の心配のほとんどはお金さえあれば解決できる。
あとは暇をどう潰すかだが、そこに立ちはだかるのは「プライド」という厄介なもの。面子をつぶされたと怒り狂う老紳士を見ると哀れになる。
翻って女性は強い。定年の何年も前から周到に用意し、ゼロから新しく始める人も珍しくない。今年の定年該当者は新卒の時、雇用機会均等法前に就職しているので、定年まで勤め上げた女性は少ないが、荒波を越えてきた分、彼女たちには骨がある。平均寿命まであと20年をどう謳歌するか、高齢化社会の問題はここにもあった。
著者は定年を〆切に例えた。終わりがあるから始まるのだ。私も何か見つけよう。(週刊現代4/14号掲載)
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20年前に大ブームを起こした本だが、老人近くなった今読むと、なるほどと思うことばかり。