「自家焙煎はやっぱり違う」「豆はエチオピアでね……」なんぞと最近、コーヒーをめぐる話は細かいことになっている。そもそも「こんなに苦いものをなぜ?」と最初に飲んだ時に思った人も多いのではなかろうか。コーヒーがこれほど愛されるようになった背景を知りたい――そんな人は、この文庫から入ると良いかもしれない。アメリカで1935年に出版された『All About Coffee』という伝説的バイブル、百科事典のごとき古典的名著を抄訳、再編集しての新訳の登場だ。
著者はアメリカ人で、1837年生まれのウィリアム・H・ユーカーズ。販売業者向けのコーヒーやスパイスに関する業界専門誌で編集者として働いた後、30歳を前にして、自ら『ティー・アンド・コーヒー・トレード・ジャーナル』を1901年に創刊し、編集長に就任する。1905年にはコーヒーに関して本をまとめる下調査として、世界中を1年かけて旅をした。
向かったのは、ブラジル、コロンビア、スマトラ、日本、中国、インド、アフリカ諸国、ヨーロッパだ。大掛かりな資料収集をしつつ、科学者の研究や関係者の協力の成果もたっぷり加えて1922年に刊行されたのが『All About Coffee』だ。
36章が連なる、専門情報を盛り込んだこの一冊でコーヒー研究の第一人者とされるようになり、その後には同様に『オール・アバウト・ティー』までも出して、茶とコーヒーという二大嗜好品の第一人者となるのである。
コーヒーについては、全体を6部門に分けて新情報を追加し、大がかりな改訂をその後行っており、その1935年の新版は、B5版で全818ページ、「空前絶後」「百科事典」と称されている。
今回の文庫版は、その新しい第2版の6部構成の一つ、主に「歴史」の8割について抄訳し、他の5部の中から、コーヒーを生産する国の歴史やそれぞれの生豆の特徴、コーヒーの器具や技術について、部分的に紹介したものだ。
原著からすると、分量としては2~3割だろうか。この文庫の翻訳にあたった辻静雄料理研究所の山内秀文さんが「百科全書的な知的巨大性を表わすことはできなかったが、コーヒー史を概観するには見通しがよいものになっている」と前書きに書くように、元の大著からの再編集本となる。
というわけで、古典としていまだ君臨する原著から、一般的なコーヒー好きでも読める部分を抽出したのが今回の文庫本と言えそうだ。新刊だということもあるが、「コーヒーというものがどう受け入れられたか」が歴史に沿って紹介され、それぞれの社会や国の特徴を映す鏡のように読める点において、この本は一読の価値があると思う。
まず、飲料の原材料となるコーヒー豆(種子)を産するコーヒーの木から、冒頭は始まる。大まかにいえば、アビシニア(現エチオピア)ないしはアラビア半島に自生していた野生のコーヒーの木が広がり、熱帯地域で栽培されるようになったという流れがある。コーヒーの発芽能力は、持ち運びの際に失われやすいこともあり、すぐには伝播しないものの、コーヒーを飲用し、世界へ広げたのは、アラビア人だった。
とはいえ、コーヒーの飲用の面で言うと、それぞれの国でひと悶着あり、だ。飲用の始まりは、コーランで禁じられていたワインの代用品としたイスラム教徒だ、という説は有力なひとつだ。眠気覚ましになるため、修行僧たちが夜の礼拝の際などに飲み始めたとか。メッカの住人の間では、そのうち宗教的な儀式とは関係なく飲まれて、コーヒーハウスで飲まれるようになっていく。が、厳格なイスラム教徒の飲用反対派が登場し、せめぎあいの末いったん反対派が勝利するものの、スルタンにより禁止令は撤回され、今度は反対はのトップが拷問の末、死刑となる。が、人々がコーヒーハウスに集うことを礼拝より重視するようになるとまた……とコーヒーは、宗教や政治、社会情勢の間を振り子のように揺れ動いていくのである。とはいえ、コンスタンチノープルでは、客のもてなしにふるまうようになり、一日に20杯以上を飲む羽目になる「お腹ちゃぷちゃぷ」の悲劇もあったとか。
16世紀後半に入ると、ドイツ、イタリア、オランダの植物学者や旅行者が、レバント地方(現シリア)から、植物、飲料としての情報を持ち帰っていく。オランダは、コーヒーの木の伝播を進め、オランダ領東インド(現インドネシア)で産出した苗木を、各地に広げていく。
その後、ヨーロッパ各国での伝播する際の反動がつぶさに語られていくのだが、これがたまらない。あまり抵抗がなかったのはオランダくらい。「コーヒーを飲むくらいならビールを飲め」という布告を出したドイツのフリードリヒ大王も、今の感覚でいうとどうかと思うが、当時の状況を知るとあながち変ではない。ついでにいえば、彼は、焙煎をライセンス制にして、そのライセンス料をそうとう支払わせていたのだというから驚く。それぞれコーヒーへの態度が、価値観とも結びついていくのだ。
そんな第一章の「コーヒーの伝播、飲用普及の歴史」に続く第二章「ロンドンのコーヒー・ハウスの隆盛、パリのカフェの賑わい」の章は、ページがを繰る手が止まらない。この時代に人々が求め始めた自由や平等、民主主義に連なるものとして、コーヒーは象徴的な役割を果たしていくからだ。
その結果として読むと、なぜイギリスでは、コーヒーよりお茶か飲まれるようになったか。逆に第三章の「アメリカ『コーヒーの国』慨史」では、なぜアメリカではコーヒーがよく飲まれるようになったか、も紐解ける。コーヒーが体現しているものが、徐々に見えていくのである。
私達が、読書にコーヒーを飲みたくなるのには、それなりの文化的な背景がある。なぜこんなに苦い飲み物を美味しいと感じ、毎日飲んでしまうのか。一杯のコーヒーの向こうに広がる時間と空間の旅は、はてしない。
1995年にはその日本語の完訳版が刊行されており、その実物を手にしたこともあるが、美しい造本だが、物理的な重さが2キロ以上、長さは900ページはあったろうか、定価も3万円ほどでなかなか素人には手が出せない一冊だった。色彩豊かな図版を含む完全版(というのも変だが)の原著(英語版)は、電子書籍でなら買えるので、しっかり追究したい人はこちらから(著作権が切れていくつかの出版社から刊行されているようだが、眺め比べてみるとこちらがよさそう)。
また、原書に触発されたとしか思えないタイトルの映画『A FILM ABOUT COFFEE』もお勧めだ。ネルドリップで一杯のコーヒーを丹念に淹れる日本の喫茶文化は、世界でも貴重だと思う。中でも、東京、表参道にあった大坊珈琲店(2013年末にビルの老朽化により閉店)の大坊勝次さんの所作を観るだけでも一見の価値がある。茶の湯を髣髴とさせるような美しさなのである。