東証一部に上場以来破竹の快進撃でグローバル企業になりつつあるリクルート。わたしはその会社で毎年開かれるNew RINGという社内起業ピッチ大会の審査員を務めている。聞けば車の売買情報誌「カーセンサー」や、結構情報誌「ゼクシー」。最近だと日本の教育界を大きく変えようとしているネット動画教育サービス「スタディサプリ」などはこのピッチ大会から生まれたのだという。
そんな伝統あるイベントの審査に毎回呼ばれるのは光栄なことだ。そして、その礎を作った張本人・江副浩正に想いを馳せる。つい前日も子会社リクルートメディアパートナーズのNew RINGでこんな話をした。「江副さんが作った情報誌のビジネスモデルから一歩進んでテクノロジーそのものにもしっかり投資をしてそのメディアの競争力をより高めることが今のリクルートならできるんじゃないか、そんなプレゼンを期待している」と。本著にも登場する「自ら機会を創り出し、その機会をもって自らを変える」の精神だ。
江副浩正は同じ東大出身の、しかもインターネットメディアの源流ともいえる情報誌事業を作り出した人だ。たまたま本著にも頻繁に登場する亀倉雄策氏の弟子を自負する知人に会ってみたいと言ったが当時は刑事裁判中ということで断られた。
作中には未だ彼は私戦の最中で私なんかもライバルだと思っていただけていたのだなと改めてびっくりした。その後彼の懸念の通り私は同じく東京地検特捜部に突然逮捕される。リクルート事件とは比較にならないスピード感で捕まり、そして5年で裁判は結審した。リクルート事件の教訓を聞きたかったが面会が叶うことは無かった。彼が執行猶予中で私が刑事裁判中だったからだ。そして私の収監中に彼はこの世を去った。
本著にも書かれていた朝日新聞の天声人語の表現に珍しく憤慨した。これほどまでに憤慨することはなかなかない。私は収監中も続けていたメールマガジンにて「故人の業績を讃えることなくあいつを追い詰めてやったと自画自賛するか普通?」と朝日新聞への憤りの文章を書いた。マスコミの社会部は世の中の人たちの嫉妬の感情を煽ることが商売な故に、偉大な業績を残した故人に対して一ミリもの畏敬の念を抱かないものなのかと。そしてリクルート事件の本質も実はそんなところにあったのだろうと。
私はリクルート株を多くの人たちに配った事実を上棟式の餅撒きのようなもんだと表現したが、自分を小学生がミスをした時の廊下に立ってなさいレベルの屈辱で取調室の壁立ちをさせた人間に自分の主催するオペラの舞台に招待する度量の大きさをもってはいない。だからこそ江副浩正は嫉妬と羨望の対象になったのかもしれないと思う。
会って話ができなかったのは残念だが多くのリクルート出身の企業家と話す機会がありリクルートイズムを作った江副浩正の業績は計り知れない。不定期だがリクルート関係者の方々にインタビューしていて、それをいつか一冊の本にまとめたいと思っている。