店頭で「この本を読んで見よう」と思わせるのは、まず、装丁だ。表紙が素敵だったりあれっと不思議だったりすると、自然に手が伸びる。僕は、迷わず本文の最初の10ページを読む。作者は「読んで欲しい」と思って本文から書き始めるはずだから、そこが面白くなければご縁がない本なのだ。
本書は、最初の小見出し「オキシトシンで愛情が湧く」でノックアウトされてしまった。母親が赤ちゃんをかわいいと思うのは、出産のとき大量に分泌されるオキシトシン・ホルモンのせいなのだ。では父親は?子育てに参加すればするほどオキシトシンが出て、最終的には母親に追いつくのだ。本書は脳研究者の子育ての記録だが、最先端の研究成果がふんだんにちりばめられており無類に面白い。
2次元の視覚情報から脳は3次元の世界をいかに理解するか、「三つ子の魂百まで」は本当で脳の神経細胞の数は3歳になるまでに70%が死滅する、「二度あることは三度ある」はベイズ推定(繰り返しから確信を深めていくプロセス。ここがAIとの大きな違い)、「百舌の速贄」は記憶が正確すぎると実用性が低下すること(いい加減で曖昧な記憶の方が役に立つ)、メンタルローテーション(頭の中で自由に物体を回転させて眺める能力)はかしこさの基礎、「ウソをつく」のはパースペクティブ(遠近法。空間、時間の理解から心理空間へ)、「ほめるとしかる」は動物実験では「ほめる>両者のコンビネーション>しかる」の順だが人間ではどうか、などなど愛児の日々の行動を著者は脳科学の最新の知見で一つ一つ丁寧に解説していく。
どのページも目から鱗が落ちること請け合いだ。子育てをいわば一つの題材として、人間の脳が成長していくプロセスや脳の仕組みを説いているので、子どものいない人でも、脳=人間に興味のある人なら読んで十分楽しめるだろう。
このような本がもっと早く世に出ていれば、子育てが格段に楽しくなっただろうと思う人は多いに違いない。しかし、僕が一番心惹かれたのは、著者の人間(=子育て)や社会に対するスタンスだ。「結婚や子どもをもつことは個人の自由であり、他人の意見や世間の動向に個人の価値観が冒涜されることがあってはならない」、「人は皆個性的で差があって当然、子どもの成長に神経質になることなくおおらかな目で見守る姿勢が大切」、「絵本は親子が心の波長を共鳴させる舞台」、「理解力、対処力、忍耐力に気を使う」、「適当だから脳=ヒトはすごい」。だからこそ、本書は強い説得力を持つのだろう。本書は単なる子育て本ではなく、子育てをフックとして脳の構造を解き明かした傑作である。