生きることは問題だらけだ。
仲間との競争あり、食べ物にありつけなければ明日はなく、絶えず捕食者に狙われ、もちろん愛のお相手も見つけなくちゃ……
いま地球上に棲息している生きものは、こうした問題を、進化の途上で解決してきた「つわもの」揃いだ。——(といっても、生きもの自らの意思によって解決したわけではなく、
たまたま変異によってうまくいった結果なのだが)——
その解決策には、人間から見ると実にオドロキで、奇想天外、恐怖と感涙と爆笑がともに襲ってくるようなものまである。
本書は、そんな中でも「とてつもない」やつだけを選び抜いた傑作集だ。たとえば、こんな生きものが……
食後の死骸を背にしょって
サシガメというカメムシの一種は、獲物に近づき、長く突き出た口を突き刺す。そして相手をマヒさせる毒を放って、その体液を飲む。
もちろん、獲物のほうも、そう簡単には近寄らせない。 そこで解決策となるのが、「敵のしょい込み」作戦である。 餌食となったアリなどの体内を空にした後、じぶんの背中にその死骸を載せる。 それも一匹だけではなく、次々と小山のように積み上げていくのだ。
こうして獲物のにおいを体につけると、獲物にこっそり近づけるようになる。その姿は、子供が絶対に欲しがりそうにない最悪のプレゼント袋を背負った死のサンタのようにも見える……
この種のなかには「キスする虫」と呼ばれる、人を襲うオオサシガメもいる。文字通り、口のまわりを刺すことが多いためだが、そのとき寄生虫が体内に入り込むと、何十年もたってから発病する。
ちなみに、南米を旅していたダーウィンも刺されており、謎多い死因のひとつに挙げる学者もいる。
やりまくる……途方もなく!
身を焦がす愛……そんなめくるめく出会いをまさに実践している生きものがいる。アンテキヌスという有袋類のオスたちだ。
オスたちは繁殖期になると、ホルモンの濃度が急上昇し、モーレツにお相手を求めて、なんというか、やりまくる。大量のテストステロン(男性ホルモンの一種)によって糖が動員されるので、
3週間にわたって食事が不要になり、まさに寝食を忘れて行為に没頭できるのだ。
しかし、同時にストレスホルモンであるコルチゾールも際限なく放たれ、やがて毛が抜け落ち、内出血して失明したあげく、死にいたる。
そう、完全に燃え尽き、昇天する!
いったいなぜ、それほど切なく激しい愛が運命づけられているのか? そのわけは、メスのほうにあるらしい。 メスは生活環境の問題から、しっかり子育てをする解決策として、 どうしても繁殖期を短くしなければならない(詳しくは本書を参照)。
そして、その短い期間に、できるだけ多くのオスと交わり、子どもを産みたいのだ。こうなると、クジャクのメスのように、羽の美しいオスを選んでいる余裕などない。とにかく来るもの拒まずで、やりまくる態勢をととのえている。
めでたく生まれた子どもたちには、だが、すぐに厳しい競争が待っている。 メスは乳首の数の 3 倍の子を産み、乳首の争奪戦が始まるのだ。 そして、この熾烈な戦いに勝った子どもだけが生き残る。
クジャクのように事前に優れた遺伝子(美しい羽のオス)を選ぶのではなく、事後に競わせて遺伝子を選別しているわけである。
ああ、たいへんな生きもの!
……本書にはこんな生きものたちの数々が紹介されている。余りに凄すぎて、とてもここではご紹介しかねるような輩もいる (ペニスのフェンシングで決闘するやつとか……)。
イラスト満載で目でも楽しめるのだが、やはり本書の面白さは
サイエンスライターである著者ならではの深いうんちくと冴えたセンスにある。 (なお、本書の元ネタの一部は、著者による『WIRED』誌の連載コラム で読める)
そして、全編に流れる人生を達観したようなユーモア…… もともとの才能なのか、あるいは、とてつもない生きものばかりに耽ってきたため、ありきたりな人間の生など吹っ飛ばしてしまったのか?
いずれにせよ、読後、似たような達観の境地に陥ってしまう、これは要取扱注意本なのである。