タイトルを見てどんな本だろうと思った方に、あらかじめ申し伝えておきたい。最後には「更生」するので、安心して読み進めて欲しい、と。
だが本書は、更生してヤクザの世界から足を洗いましたといった類の単純な話ではない。更生して辿りついた先が、組長の妻であったのだ。ならばヤクザの世界よりも極悪な世界とは一体いかなるものなのか。それが本書の主人公・亜弓さんの半生を通して、これでもかと語られていく。
いつだって大きな悪事は、些細な出来事から始まる。亜弓さんの不良への第一歩も、万引きであった。そこから喧嘩、シンナー、男性関係、クスリへと落ちていく様は、まるでレールを敷かれているかのようである。
そして最大の敵は、喧嘩の相手でも、警察でもなく、仲間たちの存在だ。悪事を行う際の人間関係こそが感覚を麻痺させ、その状態から抜け出すことを困難にし、人生を破滅の道へと追い込んでいくのだ。
やがて彼女は、付き合い始めた男がシャブの売り子と車の窃盗団をやっていたことをきっかけに、我が国の犯罪史上まれに見る窃盗団の女首領へと成り上がっていく。この自動車窃盗の腕前が、ハンパねぇレベルだ。
その域へ到達するまでには、方向こそ間違えているものの、たゆまない努力が必要である。まずは、盗難アラームの見分け方。警報が音だけなのか、警察とか警備会社に通報されるものか、どのように解除したらいいのか、これをオートバックスや車やのメカニックに質問しまくることで、多くの知識を得た。続いて鍵の研究。キーシリンダーを外したり、分解したりして、キーシリンダーの構造を把握しようと努める。
熟練した後には、数分あれば車を盗むことができるほどの手腕を身につけ、「公園で木の実を拾うような感覚で、毎日、車泥棒をする」、そんな生活を送っていたという。その結果が、後にクルマを76台窃盗したことで起訴され、被害総額は1億円超えと言われるくらいのスケール感を生み出した。
しかし、こんな生活が長く続かないことなど、想像に難くはないだろう。やがて刑務所とシャバを行ったり来たりする生活が始まる。1度目の刑務所出所時は、弟分たちが気を利かせて出所祝いにシャブを持ってきたことから、1週間ももたずにシャブ生活へと逆戻り。別の出所時には、生活保護で住まいを借りたものの、数日もするとシャブ中と窃盗犯罪者ばかりが出入り売る悪のアジトへ化してしまう。
もちろんシノギが車泥棒であるがゆえに、車中での緊迫したシーンとも隣り合わせの毎日だ。ある日、彼女が「マッドポリス事件」と命名した最大最悪の事件に直面する。
まず、シャブと赤玉の併用でハイになった連れの男が運転を誤り、派手に事故を起こす。身体が宙に舞い、シフトレバーの上にお尻から着地し、恥骨を骨折。しかも救急搬送された病院では、下半身が暴れまわるような痛みの中、連れの男が騒ぎを起こし追い出されてしまう。
そのうえ、逃げ込んだホテルではガサ入れにあってしまい、車で逃げ出そうとするが、一人の警官が車に乗り込み、車中にてまさかの発砲。顔の前で拳銃が火を噴くこと数回。最後は、警官を激走する車から外に蹴り出したというのだが、正直ドラマでもこんなシーンは描けないと思う。
刑務所や拘置所では独居房にいることが多かったため、たいしたエピソードがないと謙遜するものの、なぜか男性用の刑務所に拘置されたり、林真須美と隣部屋になったり、「東住吉事件」の青木恵子さんに弁護士を紹介してもらったりと、興味深いエピソードが次から次へと飛び出してくる。
むろん一連の行動や出来事は肯定されるべき行為ではないし、武勇伝として捉えることも違うだろう。重要なのは、本書で軽妙に語られるダークな世界、そこから抜け出すことが、いかに困難であるかということだ。
結局、彼女を極悪の世界から救い出したのは、後に旦那となる男であった。カタギの仕事をもつ元ヤクザが、知らぬ間に彼女の周りの人間関係を身辺整理していったのである。そして住まいを変え一緒に暮らすようになり、やがては子供も出来る。後に旦那が再びヤクザに戻るのは想定外であったものの、そこから組長の妻としての新しい人生が始まるのだ。
ここ数年読んできたヤクザもののノンフィクションの中には、暴対法によって「排除」の正当化が進み、困窮する姿を描くものが多かった。しかし本書の著者は、ヤクザ離脱者の実態を調べる研究者であり、暴力団離脱者が受け入れられる社会の必要性を説く人物だ。
この著者の昨今の多作ぶりを見るにつけ、いよいよヤクザの世界は最終ステージに突入したのかもしれないと感じる。だからこそ、ヤクザをはじめとする病理集団を離脱した者たちが、どちらの方向へ舵を切るのか、注視しなければならないのだ。
本書の登場人物達が犯したような犯罪を「自己責任」の一言だけで片付けることこそが、問題を矮小化させてしまう。彼女たちがどのような生い立ちで、どのような経験をすることで、どのような行動につながったのか。そのパターンを累積し、見えてきた構造や仕組みを表社会の側が理解しようとすることから全てが始まるのだ。
人は必ず変わることができるーーそう信じる全ての人におすすめしたい一冊である。