2017年8月28日、反捕鯨団体のシー・シェパードは今年の捕鯨シーズンは日本の南極調査捕鯨船の妨害を行わないと発表した。日本の監視技術に太刀打ちできないのが中止の理由だという。まるで本書の発売と映画の封切りを見計らったような時期の発表だ。だがこの問題は解決したわけではない。
本書は9月9日から全国で順次公開されるドキュメンタリ映画『おクジラさま~ふたつの正義の物語』の完全書籍化である。
きっかけは2009年8月、『ザ・コーヴ(原題:The Cove)』というドキュメンタリー映画がニューヨークのソーホー地区の映画館で公開されたことだ。和歌山県太地町のイルカ漁を追った作品で、アメリカのインディペンデント映画の賞としては最大のサンダンス映画祭のドキュメンタリー部門で読者賞を受賞。2009年夏に全米で劇場公開が始まると大反響を呼び、その年のアカデミー賞を受賞した。
日本の紀伊半島近くに位置する小さな漁業の町で行われている残酷なイルカ漁を追い、アメリカの人気ドラマシリーズ『わんぱくフリッパー』に出演していた調教師が主人公となって「この悪事を明るみに出す」と製作されたこの映画は勧善懲悪もの。国際捕鯨委員会(IWC)での日本の捕鯨漁への批判も相まって、太地への大バッシングが起こった。世界中からこの小さな町へ人が来て、横断幕を掲げイルカ漁を非難する。日本人が悪者として世間に晒されていた。
著者はニューヨーク在住の映画監督でプロデューサー。アメリカでこの問題が騒がれていた当時、初の映画作品『ハーブ&ドロシー』を制作中だった。市井のアメリカ人夫婦が若く無名の現代アーティスト作品を集めていく物語は、日本でもとても好意的に受け入れられ、私も映画館で観ている。
『ザ・コーヴ』の騒ぎは彼女の心に引っかかった。クジラやイルカという生き物を巡って、偏見や憎しみ、対立が深まるだけだ。日本からのきちんとした反論も聞こえてこない。ならばニューヨークに住み、どちらの意見もきちんと聞くことができる自分が記録しよう。2010年、彼女は行動を起こす。
環境問題に詳しいディレクターとともに太地に立ち、町長の許しを得て取材が始まった。攻撃的なシー・シェパードに対し頑なな日本人。言葉の壁は大きく、お互いに歩み寄りを見せない。間に入って調停しようとするのは右翼っぽい青年や、日本語を覚え太地町に住み土地の人と交流を持つアメリカ人ジャーナリストだ。正しいことをしている、間違っていないという意見は平行線をたどる。
日本人の考えるドキュメンタリー映画と海外のそれとでは大きく違う。それぞれの正義がぶつかりあい、解決は遠い。それを忠実に記録し続けて行く。
ぜひ書籍と映画をセットで観てほしい。映画だけでは理解しづらい背景や心理は、文章で表現されると納得できるし、映像によって太地町が陥っている現実を目の当たりに見ることができる。そして考えてほしいのだ。自然保護と文化の継承と、協調することの難しさを。
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