『愛人形 LoveDollの軌跡』人形には魂が宿る

2017年7月3日 印刷向け表示
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愛人形 LoveDollの軌跡 ~オリエント工業40周年記念書籍~

作者:オリエント工業
出版社:マイクロマガジン社
発売日:2017-05-30
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今回はスマホに保存してある美しい女性たちの姿をこっそりお見せしよう。家族はもとより友人や同僚にも見せたことのない秘密の画像である。満員電車の中などでご覧の方はどうぞご注意を。

こちらがその画像である。

実はこの美しい女性たちの正体は「ラブドール」。そう、性具の一種として、あるいは愛玩用などのためにつくられた人形なのだ。

先日、渋谷で『今と昔の愛人形』展という一風変わった展覧会が開かれた。老舗ドールメーカー「オリエント工業」が40周年を迎えたのを記念して、これまで同社が手掛けてきたラブドールが勢揃いしたのである。

こぢんまりとしたギャラリーだが、ずらりラブドールが並ぶと、さすがに壮観だ。驚いたのは客のほとんどが若い女性だったこと。ごく一部の展示エリアを除き撮影自由だったため、彼女たちは嬉々として写真を撮りまくっていた。その邪魔にならないように遠慮がちにスマホをかざす47歳のおっさんは、明らかに場違いな存在だったと思う。

会場には一体だけ、触れるラブドールも置かれていて、係りの男性がいたので、
「あの……触ってもよろしいでしょうか」
と訊くと、
「もちろんです!では、こちらをお使いください」
とウェットティッシュを渡された。

なるほど、高価な工業製品だしな、と納得して、手を拭いていると、いつのまにか周囲にぞろぞろ女の子たちが集まってくるではないか!

(ま、マジか。この状況で触るのか……)

内心尻込みしたが、ラブドールの真価は触らねばわかるまい。ええい、ままよ!

「で、ではお先に、失礼します。ほんとすみません……」

順番待ちの女の子たちにペコペコ頭を下げながら、まず太ももに手をすべらせる。

(す、凄い!なんだ。このなめらかさは!!)

衝撃を受けた。シリコン製の肌が手に適度に吸いついてくる。もち肌の感触である。もちろん人間と同じとまではいかないが、少なくとも「限りなく人間に近い」という表現は許されるようなクオリティだ。

「どうですか?」
「えっ……」

一瞬、ラブドールが口をきいたのかとギョッとしたが、話しかけてきたのは順番待ちの女の子だった。みると好奇心で瞳がキラキラしている。とてもカワイイ女の子だ。

「あっ……その、なんというか、けっこうイイですよ。すっ、素晴らしいっす」
「そうなんですかぁ、スゴーい!」

動転して職務質問を受けた不審人物みたいな受け答えになったにもかかわらず、女の子はうれしそうに笑ってくれた。すると連れの女の子が、
「おっぱいとかはどうですか? 男の人からみて」
と訊いてくるではないか。

「あっ、おっぱいですね。か、かしこまりました!」

耳まで赤くなっているのがわかったが、胸に手を伸ばし、おもむろにおっぱいをモミモミする。女の子たちは固唾を飲んで見守っている(ように思えた)。
(衆人環視の中、おっぱいを揉んでいる自分)
という絵が頭に浮かび、その上に、
(「拷問」……)
という言葉が重なる。

この時の心理はうまく説明できないのだが、逃げ出したいくらい恥ずかしい一方で、
(女の子の質問にちゃんと答えてあげないとダメじゃないか。もっと真面目にやれ!)
と妙な責任感も湧いてきて、ためらいがちに動いていた手は、いつしか乳首もいじったりする【本気揉みモード】へとシフトしていた。

「あの、えーと、柔らかくてですね、とてもリアルだと思います。す、素晴らしいっす」

不自然に声が裏返ってしまったが、必死でそう答えた。

「いかがですか。よろしければこちらも」
「えっ……」

こんどは男の声かよ、と目をあげると、係りの男性が、ラブドールが身に着けているセクシーなショーツを指さしてニッコリしていた。

「どうぞ、めくっていただいてかまいません。ヘアもリアルですから」
「……」

永遠とも思えた「おさわりタイム」から解放され、近くのカフェでしばし放心状態に陥った。ようやく人心地ついて、会場で購入した『愛人形 LoveDollの軌跡~オリエント工業40周年記念書籍』を開く。これまで発表されたラブドールについての解説やグラビア、愛好者たちの声がギュッとつまった充実の一冊だ。

ラブドールの歴史は古い。そもそもは中国宋王朝の時代(960年~1279年)につくられた納涼用の竹製抱き枕「竹夫人」に起源を持つという。後にオランダの植民地だった東南アジアへと広まり、これを現地のオランダ人が愛用しているのをみたイギリス人が、海上覇権を争ったライバルでもあるオランダ人を揶揄して「オランダ妻」呼ばわりしたのが「ダッチワイフ」の語源らしい。一方、日本では江戸時代にすでに「吾妻形」と呼ばれる独自の性具(いわゆる「オナホール」)があり、これを備えた等身大の人形も存在したようだ。

現代に目を転じると、やはりその歴史を語るのにオリエント工業は欠かせない。創業は1977年。この年に記念すべきラブドール第1号、空気式の「微笑」が発売された。当時の価格は38,000円である。

私見だが、ラブドール史におけるブレイクスルーは、2001年ではないかと思う。この年、初の全身シリコン一体型「ジュエル」(560,000円)が発売され、即完売した。その後も、より自由度の高いポージングを可能にするための工夫など、さまざまな改良が加えられていく。2008年には新しい内部骨格「タイタンフレーム」が開発され、直立姿勢が可能となった。

この年発表された「アンジェ リアルラブドール(前期)」も画期的だ。日本人女性の平均に準じた157cmのボディは、市販の既製服(7号、9号)を美しく着こなせるプロポーションにデザインされ、オシャレを楽しむことも可能になった。

グラビアを見ていると、この頃からパッと見、人形だとはわからないような水準のものが増えてくるのがわかる。2013年の「アンジェ リアルラブドール(後期)」や「やすらぎ」あたりからはもう、息を呑むようなリアルさだ。ポージングもふつうのグラビアアイドルの写真集となんら変わらない。

ラブドール「絵梨花さん」を秘書にしているみうらじゅん氏によれば、いまのラブドール業界は、仏像でいえばリアルを追究した鎌倉期にあたるという。オリエント工業の存在は、「運慶・快慶みたいな感じ」だそうだ。なるほど、たしかに迫真の造形である。

この技術力をもって、ラブドールは意外な分野にも進出している。

昭和大学歯学部では、2011年に世界で初めて歯科患者ロボットを臨床実習に導入した。昭和大学と株式会社テムザックが開発し、オリエント工業が造形を担当した「昭和花子2」は、生きている人間と同じように反応する。口を開けてくださいといえば開け、治療中は自然に舌が動いたりもするという。実際の患者を治療しているような緊張感が技術の向上には不可欠なためだそうだ。それにしても実習用にしてはムダに美人すぎないか……。

老人介護の練習用に開発されたドールもある。憂いをおびた表情が生み出す儚げな美しさは、「とめさん」という名前とあまりにギャップがあり過ぎる。ドラマ『やすらぎの郷』にさりげなく登場させたりしたら、「あの女優さん誰?」と全国の高齢男性から問い合わせが殺到するのは確実だ。

今回、何体ものラブドールをみて圧倒されたのは、その独特の存在感である。「人形に魂が宿る」という言葉があるが、あながち嘘ではないと思う。

造形師によれば、美人をそっくり真似しても魅力的なドールにはならないそうだ。人体をそっくり型どりしたとしても、それは結局、死体のようなもので、「欲しい」と思わせるためには、造形をより良いほうにデフォルメしていかなくてはならないのだという。

つまりここにあるのは、現実の「生き写し」ではなく、私たちの心の奥に眠っている欲望をとりだして具現化したものなのである。

仕事から帰ると、あなたの欲望を精確に写し取ったアンドロイドが、あなたを迎えてくれるシーンを想像してみよう。それがハッピーな毎日なのか、寂しい現実なのかはわからない。

ただ、いまにも動き出しそうなくらいリアルなラブドールをみつめながら、そんな日がやってくるのも、そう遠い未来ではないかもしれないと思った。

※画像撮影:首藤 淳哉

人造乙女美術館: Jewel (単行本)

作者:
出版社:筑摩書房
発売日:2017-05-24
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