『THINK WILD あなたの成功を阻むすべての難問を解決する』みんながあっちで、自分はこっち

2017年6月23日 印刷向け表示
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THINK WILD あなたの成功を阻むすべての難問を解決する

作者:リンダ・ロッテンバーグ 翻訳:江口 泰子
出版社:ダイヤモンド社
発売日:2017-05-25
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“If people aren’t calling you crazy, you aren’t thinking big enough.” (もしまわりの人から「クレイジー」と言われていないのなら、あなたは”まだまだ大きく考えていない”ということだ。)

この『THINK WILD あなたの成功を阻むすべての難問を解決する』(原題:Crazy is a Compliment: The Power of Zigging When Everyone Else Zags)の冒頭に出てくる言葉は、ヴァージン・グループ創設者兼会長のリチャード・ブランソン氏が語った言葉のようだが、これが本書の内容を端的に言い表している。要は、「みんながあっちに行くんなら、自分はこっちに行くと言えるようになりなさい」ということである。

2017年のビジネス書大賞準グランプリに輝いたリンダ・グラットン氏の『LIFE SHIFT(ライフ・シフト) 100年時代の人生戦略』(原題:The 100-Year Life: Living and Working in an Age of Longevity)が人生100年時代をどう生きるかという人生指南書だとすれば、この『THINK WILD』は、その100年の中でどのように自分を変革し続け、新しい事業を立ち上げて行くかを詳説したビジネス指南書である。

本書は、著者のリンダ・ロッテンバーグ氏が創業したエンデバーの活動を通じて得た知見を、一般の人々にも再現可能となるよう整理したもので、アメリカでは既に2014年に出版されベストセラーになっている。帯の推薦者も、シェリル・サンドバーグ(フェイスブックCOO)、リード・ホフマン(リンクトイン共同創業者)、マイケル・デル(デルCEO)と豪華絢爛だ。

日本での翻訳の発売が少し遅かったきらいはあるが、本年3月24日に、エンデバーの日本拠点、一般財団法人エンデバー・ジャパンが活動を本格化したところなので、そうした意味で時宜を得た出版ということになろう。

本書を読むに当たっては、先ず、このエンデバーとは何かを知る必要がある。エンデバーは、支援起業家の選出、メンタリング、資金調達支援を通じ、世界経済の中長期的な成長に貢献し雇用拡大を生み出すアントレプレナー(起業家)を支援する、営利と非営利のハイブリッド型のベンチャーキャピタルである。

エンデバーの創業者兼CEOで、「今世紀最高のメンター」と呼ばれるロッテンバーグ氏は、イェール大学のロースクールを卒業後、社会起業支援の非営利組織であるアショカ財団を経て、開発途上国の起業家を支援するためにエンデバーを立ち上げた。

エンデバーの世界各国に広がる30拠点ネットワークでは、元ワーナー・ミュージック・グループCEOのエドガー・ブロフマン Jr.氏、リンクトイン共同創業者のリード・ホフマン氏を始め、全世界の約500名の著名起業家・投資家が時間的・金銭的に継続支援することをコミットしており、広くエンデバーに関わるメンターは約3,000名にものぼる。

エンデバーでは、優れたアイデアと実行力のある起業家を、「エンデバー・アントレプレナー」として選出する。1997年の設立以来、これまで20年に亘って各国経済に影響を与えるような成長可能性を持つ累計800社以上の起業家に対し、4,700件以上のメンタリング・セッションを無償で提供してきた。

候補企業の中からエンデバー・アントレプレナーに選出されるには、国内選考会と国際選考会を面接官の全会一致で通過する必要があり、通過率わずか2.5%という狭き門である。選出された起業家は、それぞれの地域で活躍する起業家や有識者によるメンタリングや資金調達などの支援を受けられる。支援する起業家の事業が軌道に乗れば、その地域での雇用創出にも繋がるということである。実際、エンデバー・アントレプレナーが2015年に生み出した収益は81.6億ドル、これまでに創出した雇用は60万人にのぼると言われている。

更にエンデバーは、エンデバー・アントレプレナーに限定した共同投資ファンド「エンデバー・カタリスト」を持っている。同ファンドはリード投資を行わずに、他の投資家が主導する500万ドル以上のラウンドで、その10%を共同投資することを目的としている。

この「世界最大の起業家コミュニティ」であるエンデバーの日本拠点が、一般財団法人エンデバー・ジャパンである。日本での活動本格化に当たって、初代チェアマンを務めるマネックスグループCEOの松本大氏は、次のように述べている。

起業とイノベーションには、社会を良い方向に変えていく力があると信じています。エンデバーはこの起業とイノベーションのエコシステムを世界各地にローカルに造り、更にグローバルなエコシステムにも繋いでいく活動です。ミッションに共感した経験豊富な14名がファウンディング ボードメンバーとして参画し、後世と世界に貢献するような起業家の発掘と支援に努めてまいります。

エンデバー・ジャパンの財団理事には、井上高志氏、ポール・クオ氏、佐藤輝英氏、慎泰俊氏、孫泰蔵氏、高野真氏、田中仁氏、谷家衛氏、田村裕之氏、松本大氏(チェアマン)、宮澤弦氏、森川亮氏、安渕聖司氏、吉松徹郎氏、評議委員には各務茂夫氏、小林りん氏、土井香苗氏、監事には山口孝太氏が就任するなど、錚々たるメンバーが名を連ねている。

エンデバーの支援対象になるエンデバー・アントレプレナーには、今のところ日本では、パーソナルモビリティの「ウィル(WHILL)」、ネット印刷の「ラクスル」、ニュースサイトと企業・産業分析のためのオンライン情報プラットフォームを運営する「ユーザベース」の3社が選ばれている。

シリコンバレーでは、ベンチャー企業に欠かせない重要なインフラとして、エンジェル投資家、ベンチャーキャピタル、大企業、NPO、大学、研究機関、弁護士、会計士、税理士などが有機的にネットワーク化され、互いに情報・体験のシェアができる、起業家を支援するためのエコシステムが出来上がっているが、エンデバーは、起業家として自らの成功体験を持つ者と、新たな成功体験を追求する起業家が集まる、シリコンバレーのような持続可能なエコシステムをグローバルなレベルで展開しようという試みである。

このように、エンデバーが800社以上に及ぶ起業家支援を通じて得た教訓を、戦略コンサルティング会社のベイン・アンド・カンパニーと共同で行った調査結果とともに明らかにしたのが、この『THINK WILD』である。

規模の大小に関わらず、夢はあるけれどその叶え方が分からない、或いは既に夢を実現させたものの、どうやって次のステップに発展させれば良いか悩んでいる起業家にとって、極めて有用なノウハウが詰まっている。

著者によれば、1997年にエンデバーを立ち上げた当時、「アントレプレナー」という言葉そのものが余り知られておらず、アメリカ人でさえ、起業家精神を、急成長を遂げたごく一部の企業の創業者(=技術系の若い男性創業者)だけに当てはまる特殊な概念と捉えていたそうだ。

これが、今日では、起業家精神とは「テック系の企業を立ち上げる」という狭い意味ではなく、「大胆な事業を立ち上げる」という広い意味で使われている。アイデアを練り、批判に屈せず、支持者をプロジェクトに引き込んで、挫折を乗り越える術は、どんな種類の仕事にも必要である。今や起業家精神とは「迅速に動いて創造的破壊をもたらす、楽観的な原動力」を意味する問題解決のテクニックなのである。

ソーシャルニュースサイト「レディット」を創業したアレクシス・オヘイニアン氏は、最近の現象をこんな言葉で言い表している。

今日、『スタートアップを立ち上げたんだよ』という言葉は、『ロックバンドをやってるんだよ』に代わる表現である。

こうした変化の理由は、「現代は不確実な時代だ」というひとつの事実に集約される。経済も企業も仕事も不安定で不確実であり、「変化する」ということ以外に確実なものは何もない。自分を変革し続けるスキルなしには生き残ることはできないし、ある程度のリスクを負わなければ、どんな人でも取り残されてしまう。

しかしながら、こうした状況をいたずらに不安がる必要はなく、人は誰でも起業家精神を発揮し、変革者になれるのだというのが本書のポイントである。

本書の冒頭に、リオデジャネイロのスラム街で育ち、マクドナルドのアルバイト店員から、数千万ドルを稼ぐヘアケア製品のフランチャイズ店の経営者に上り詰めたレイラ・ベレーズの物語が出てくる。

この成功物語から学べる第1の教訓は、「世界を新鮮な目で見直すことの大切さ」だと言う。優れたアイデアとは大抵、まだ誰も気づいていないニーズを満たすものである。

ウォルマートを創業したサム・ウォルトンは、次のように言っている。

みなが同じ方向に進んでいるときに、正反対の方向に進めば、ニッチ市場が見つかる可能性が高い。

第2の教訓は、「リスクに立ち向かうときの障害には心理的な要素が大きい」ということである。成功を阻む最大の要因は、構造的な障壁や文化的な障壁ではなく、精神的、感情的な障壁である。行く先々で誰もが、あなたとあなたのアイデアを「クレイジー」と呼ぶが、イノベーターの仕事とは、そのような悲観論者の意見をものともせずに前へ進み続けることである。

第3の教訓は、「リスクを負う者は一人では行動しない」という点である。ブレークスルーにチャレンジする者には金銭的な支援が必要だが、それ以上に重要なのはアドバイスである。恐怖を克服し、難しい決断を下し、気が遠くなりそうに思える大きな仕事を、ひとつずつ手をつけられそうな小さな作業に分けるためのアドバイスである。

リンクトインの共同創業者兼会長であるリード・ホフマン氏は、エンデバーのサミットで、事業を立ち上げて大きく育てるというアントレプレナーの仕事を、アメリカの西部の開拓者が直面した仕事になぞらえて次のように語っている。

新天地の地図をつくるときには、大平原をたった1日で描いたりはしませんよね。旅をいくつもの行程に分けます。そうやって1歩1歩、1日1日、夢に向かって近づいていくんです。

事業拡大とは、必ずしも大急ぎの拡大を意味しない。会社を大きくする段階で次々と直面する試練を乗り越えるためには、ヘンリー・フォードが「小さな仕事に分けてしまえば、とりたてて難しいことは何もない」と言ったように、その都度、ペースを落として対処すれば良いのである。

こうした教訓は、人生で成功するのに最も重要な要素は「才能」でも「IQ」でもなく、第3の能力「グリット(やり抜く力)」だとして世界的なベストセラーとなった、アンジェラ・ダックワース氏の『やり抜く力 GRIT(グリット)― 人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』の内容を、ビジネス現場の視点から表現し直したものと言えるだろう。

同様な観点から、リード・ホフマン氏が有名創業者たちにインタビューするポッドキャストシリーズ『Masters of Scale(規模拡大の達人たち)』の中で、グーグル会長のエリック・シュミット氏は、大企業であろうとスタートアップであろうと、人材採用に当たって何より重要なのはたった2つの資質だとして、次のように語っている。

まず、根気強さが将来的に成功するかどうかを見るのに最も適している。そして、2番目が好奇心、つまり、何に興味を持っているかだ。知識経済においては、根気強さと好奇心の組み合わせが成功を収めるかどうかの最高の指標となる。

変化の激しい21世紀の不確実な時代をどう乗り切れば良いのか不安に思っている方々に、先ずは本書を手に取ってみることをお勧めしたい。 

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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