凄い本を読んでしまった。信じていた司法への信頼がガラガラと崩れていく。私はなんという国に暮らしているのだろう。
本書は「文庫X」として大ヒットとなった『殺人犯はそこにいる―隠蔽された北関東連続幼女誘拐殺人事件』(新潮文庫)の著者、清水潔が、元裁判官で『絶望の裁判所』『ニッポンの裁判』(ともに講談社現代新書)の著者、瀬木比呂志との対談を希望したことで実現した。仕事柄、警察官や検察官、弁護士などと向き合うことが多い清水だが、裁判所や裁判官について何も知らないも同然であることに気づいたからだ。
法廷の壇上にたつ黒い法服姿の人はどんな人たちでどのくらいの報酬で、普通の日は何をしているのか。そんな俗物的興味とともに、なぜ刑事裁判の有罪率が99.9%なのか、なぜ民事裁判の国家賠償請求は原告が勝つことが難しいのか、何より『殺人犯はそこにいる』で清水が追及した真犯人が捕まらないのはどうしてかを瀬木にぶつけてみたのだ。
三日間に及んだインタビューをギュッと濃縮した本書にはジャーナリストの清水でさえ驚愕した裁判所と裁判官の真実が詰まっている。
話は、なぜ法廷では裁判官だけ立派な椅子なのか、黒い法服の下は何を着ているのか、法廷に遺影を持ち込めない理由など身近なことから始まる。法服を着たらトイレに入れない、というのには驚いた。
裁判官の世界は相撲の番付より細かいヒエラルキーに牛耳られており、罪状や案件ごとに出される判決は、昨今では他の判決のコピペで済ましている、とはなんたることか。
服務規律は明治20年の勅令のままで、再任制度は裁判機構や上司に都合が悪い者を排除する欠席裁判であり、昨今の裁判官の犯罪が増加する理由など、保身に走る裁判官の木端役人ぶりには情けなくなる。
後半になると、裁判官が法務省へ出向して弁護を行うという驚くべき事実を突きつけられ、原発再稼働差し止めの判決を下した裁判官が懲罰人事のように左遷された事実に胸が痛くなった。つい先ごろ行われた共謀罪での国会答弁における、金田勝年法務大臣の情けない体たらくの意味も本書を読んで初めてわかった。
立法・行政・司法の三権のうち、せめて司法だけでも立て直さなくてはならない、という瀬木の意気は十分伝わった。長いものに巻かれているうちに、国は勝手に暴走する。それを止めるために国民は事実を知らなくてはならない。強くそう感じた。(週刊新潮6月8日号より転載)
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瀬木比呂志氏インタビュー
単行本発売当時、HONZが全力でプッシュした本書。いまだ解決されていない。
レビュー 野坂美帆 内藤順 仲野徹 鰐部祥平 栗下直也による著者インタビュー 『殺人犯はそこにいる』の読者傾向分析 『文庫X』で読者層はどう変わったかの分析