人文書のコーナーを歩いていたら、いきなりウルトラマンにでてくる怪獣のような格好をした人の写真が目に飛び込んできた。本を手に取ると中にさらにインパクトの大きいユニークな写真がたくさんあったので、つい本書を衝動買いしてしまった。
本書は写真集ではない。ハインという失われた祭典のことを書いた民俗学の本である。ハインという行事のことも興味深いが、それだけでなく50点を超える写真を眺めているだけで、十分に楽しめる1冊だと思う。『ナチュラル・ファッション』や『WILDER MAN』が好きな人にはきっと気に入ってもらえるだろう。言葉で説明するよりも、写真を観てもらったほうがはやいので、まずは写真をみてもらいたい。(提供:新評論)
どの写真もハインに登場する「精霊」の姿を模したものである。一部のWEBメディアでは、これが成人式をうける若者が思い思いに着飾る装束であるかのように紹介されている。しかしそれは誤りである。この地に伝わる神話をもとに行われるハインでは、様々な「精霊」が登場する。その精霊の姿をボディーペインティングと仮面によって表現したものがこれだ。
写真を見て何か気がつかないだろうか?背景にたくさんの雪が積もっているのだ。それなのに彼らはほぼ裸体である。寒くないのだろうか?と関係のないところで心配になってしまった。彼らが住むティエラ・デル・フエゴ(フエゴ諸島)というのは、南米大陸の最南端にあり、南極大陸から1000kmも離れていない場所にある。夏の平均気温は約10度、真冬の平均気温は約1.5度で、最低気温はマイナス20度にもなるという極寒の地だ。それにもかかわらずほぼ裸身で生活をしているという。寒がりの自分には考えられないが、人間の適応能力というものはすごいのだなと感心してしまった。
さて、そろそろハインについても説明をしよう。ハインとはティエラ・デル・フエゴにいた一部族、セルクナム族が行っていた祭典のことである。若い男たちが通過儀礼を受ける行事だ。その期間は1年にも及ぶ。行事の間に、若い男たちは、狩人の訓練をし、戒律を学び大人の階段を上る。
ハインはクロケテンと呼ばれる成人候補者たちが、ショールトと呼ばれる「精霊」に拷問を受ける儀式からはじまる。そして大人たちが精霊の仮面を取るようにクロケテンに命じるところで終わる。そこでは、彼らが精霊だと思っていたものが、自分と同じ人間が変装をしていただけだと知ることになる。そしてその秘密は決して誰にも言ってはならないと誓わされる。
ハインという祭典は上記にあるような成人への通過儀礼とともにさまざまな儀式からなる。セルクナム族に伝わる神話は母権制から父権制へと変わる物語で、それ自体がとても興味深い。それだけでも十分に読み物として楽しめるだろう。それ以上にファッションが好きな自分には、彼らのユニークな格好にとても心を惹かれた。精霊を模した様々な格好はボディペインティングと仮面によりつくられている。特にボディペインティングのパターンが豊富で、どれもがユニークで美しい。すでに失われてしまった部族の貴重な文化の記録とユニークな格好の写真の数々をぜひこの本を読んで、自分の目で確かめてほしい。
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失われつつある民族の生活や文化を肖像として撮影した写真集。おもしろそう。