3月14日に多臓器不全で亡くなった俳優の渡瀬恒彦は最近では『おみやさん』や『タクシードライバーの推理日誌』などで柔らかい印象を視聴者に与えていたが、「芸能界喧嘩最強」とも噂された。実際、かつて『仁義なき戦い』シリーズで見せたギラつきぶりには思わず震えてしまう怖さがあった。その『仁義』には名優が多く出ているが、中でも怪演が光ったのが、1月に死去した松方弘樹だろう。
本書は松方弘樹の評伝。病に倒れる2カ月前に約20時間語ったインタビューを織り込みながら、昭和の香りを放つ俳優の人生を辿る。
松方弘樹と聞けば「多くの女性との浮き名を流した二世俳優」との印象が強い。もしくはマグロ釣りが好きな人か。亡くなったときのワイドショーもスキャンダルかマグロかの報道が目立ったが、俳優の側面に光を当てた本書を読むと印象が一変する人も多いだろう。
「二世俳優」とはいえ、そもそも、父親の近衛十四郎は殺陣の技術こそ当代一だったが、配役や時代に恵まれたわけでない。映画会社を転々としながら、少しずつ役者の基盤を固めていった。本書でも、プールに幼い松方を連れて行った近衛が市川右太衛門(北大路欣也の父)を見つけるや、駆け寄って頭を下げて挨拶する光景は印象的だ。息子である松方自身も気まぐれな時代の波に翻弄され続ける。
時代劇や任侠映画、実録やくざ映画、大作時代映画。松方は、その盛衰を体現した希有な役者であるのだが、いずれも脇役で抜群の存在感を発揮し、主役の座を掴む頃になると、ジャンル自体の隆盛が下り坂になる。著者は松方を「遅れてきた最後の映画スター」と称しているが尤もだ。目次からして読み手の興味をそそる。「ヒロポン打ちつつドサ回り」、「稲川総裁と松方部長」、「プライベートジェットとVシネマ」などなど。
超一流ではなかったかもしれないが、唯一無二。目の前からするりと大スターの称号が何度も逃げていきながら、ひたすら芸の道を邁進した松方の姿勢には胸が熱くなる。