スーパーマーケットの他人の買い物かごが気になる。レジで前に並んだ人のかごの中身が冷凍食品だけだと「仕事が忙しいのかな」とか、野菜や肉の種類で「今晩は餃子か」なんて考えるのは楽しい。
さて本書の著者、キャスリーンも私と同じ性分らしい。ある日、ある女性のスーパーのカートの中が気になった。インスタント食品と出来合いのソース、冷凍食品が詰め込まれ、まともな食品が何も入っていなかったのだ。思わずあとを付け「料理の仕方を教えたい」と話しかける。
そんなことを突然言われれば怯えるに決まっている。だがどうしても見過ごせなかった。なぜなら彼女はフランスの料理学校を卒業して初めて書いた料理のペーパーバックが発売されたばかり。しかもそれが目の前で売られていたのだから。その本をカートの女性に進呈しつつ、決意する。料理が楽しいと思えるよう、基本から教えたい。
彼女の住むシアトルのラジオ番組でそれを話したところ、応募が殺到した。10名がピックアップされ「奇跡の料理教室」は開校した。
まずは包丁の選び方と持ち方からだ。最初に全員に、ふきんとしても鍋つかみとしても最高だと紙オムツを配る。参加者は毎回紙オムツを片手に授業に臨むのだ。
包丁で野菜を切れるようになると、味付けのヒントやら鶏の捌き方、パスタソースの作り方と徐々に難しくなるが、受講者は次第に自信を持ち楽しんでいく。教える方もノリまくって脱線しても構わない。
章の間に紹介される受講者たちの日常が興味深い。家庭の悩みや仕事が行き詰まって時間がないと嘆いていたのが、料理で健康になるにつれポジティブに変わっていくのだ。
アメリカと日本では食糧事情が違うとはいえ、インスタント食品のマイナス面は変わらない。読み終わるとまずは冷蔵庫の掃除をしたくなる。料理って最高と思えるステキな本だ。 (週刊新潮3月9日号より転載)
こちらはアメリカで発売された『THE KITCHEN COUNTER COOKING SCHOOL』
本のプロモーションフィルム。読んでから見ると楽しい。料理は人生を豊かにします。