「京都人にとっては先の戦争といえば、第一次でも第二次でもなく、応仁の乱のことを指す」という都市伝説があるそうです。それほどにメジャーな戦だと思っていた「応仁の乱」は、実は地味で、かつ難しいものだったということが最近話題になっています。このきっかけになったのが中公新書の『応仁の乱』。新書、そして歴史物という渋いジャンルから大ベストセラーまでになった軌跡を振り返り、読者を分析してみたいと思います。
この『応仁の乱』は2016年10月発売の新刊です。テーマの渋さにもかかわらず、いきなり売上が沸騰!11月上旬にはたちまち重版が投入されてベストセラーの仲間入りを果たしました。その後も勢いはとどまることなく2月下旬から再爆発中です。
『応仁の乱』がここまで話題になったことには、研究書が圧倒的に少なかったということがあるようです。確かに書誌データを検索してみても、確かにそのものズバリ「応仁の乱」とタイトルに入った書籍はほとんどありません。逆に、この作品の影響かここからの出版予定が急増しているのが出版業界らしいところです…
それでもなお、このブレイクには謎が残ります。もっとも強く読者の背中を押したのはこの広告でした。(2016年年末に朝日新聞に掲載された広告)
地味すぎる・かえって残念・わざわざ…と広告ではなかなかお見かけしない自虐的なキーワードはネット民の心を捉えたようです。
ここで「あっという間に7.8万部」と書かれている刷り部数は、今や28万部を突破したとのこと。
さて、この『応仁の乱』を読んでいる人はどういった方々なのでしょうか?
読者は60代男性がトップ。2割超を60代男性が占める状況になっています。構成比だけでは読み解きづらいですが、普段それほど歴史系の新書を購入しない40代読者が一定数いらっしゃるのがこの作品の特徴でしょう。新聞広告がSNSなどで拡散されて、普段リーチしない層にも届いている結果がこのグラフだと思われます。
この読者が過去2年以内に購入した本を見てみると以下のようになっています。
RANK | 分類 | 書名 | 著者名 | 出版社 |
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1 | 新書 | 『京都ぎらい』 | 井上 章一 | 朝日新聞出版 |
2 | 文庫 | 『村上海賊の娘[1]』 | 和田 竜 | 新潮社 |
3 | 新書 | 『言ってはいけない』 | 橘 玲 | 新潮社 |
4 | 新書 | 『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』 | エマニュエル・トッド | 文藝春秋 |
5 | 文庫 | 『村上海賊の娘[2]』 | 和田 竜 | 新潮社 |
6 | 文庫 | 『村上海賊の娘[3]』 | 和田 竜 | 新潮社 |
7 | 文庫 | 『村上海賊の娘[4]』 | 和田 竜 | 新潮社 |
8 | 新書 | 『蘇我氏』 | 倉本 一宏 | 中央公論新社 |
9 | 新書 | 『人口と日本経済』 | 吉川 洋 | 中央公論新社 |
10 | 文庫 | 『一路[上]』 | 浅田 次郎 | 中央公論新社 |
10 | 文庫 | 『無私の日本人』 | 磯田 道史 | 文藝春秋 |
こちらも1位の『京都ぎらい』が断トツ。京都人に読まれていた『京都ぎらい』の併読率が高いことから『応仁の乱』の京都人読者の多さが推測できそうです。
それでは読者の併読書から注目の作品を紹介していきましょう。
応仁の乱に興味を持っているひとは当たり前ですが、歴史好き。柴田勝家・羽柴秀吉・明智光秀らと周辺人物たちの人間関係を分析し、各軍団の特性を明らかにしています。人脈ということがどれほどの影響を与えるものなのかがしみじみわかる作品。
中公新書つながりで売れています。
男子だけが罹る奇病によって男子の人口が急減した江戸時代。この対応のために女性が権力を持たざるを得なくなったという奇抜な設定がこの「大奥」の特徴です。しかし男女の性差が逆転した以外の歴史的事実は驚くほど的確。『源氏物語』を『あさきゆめみし』で学んだごとく、江戸時代をマンガで勉強できる感動的なシリーズになっています。だまされたと思って一度呼んでみて欲しい作品。
日本は相次ぐ「災い」をチャンスに転じてきたと説きます。著者はフィナンシャル・タイムズの元東京支局長。自ら集めた声とデータをもとに日本の姿を描き出します。この本が産まれたきっかけは3.11。それが年数を経て文庫になりました。日本がこれまで立ち向かってきた災いと、そこから産まれた変化を忘れないためにも手に取ってみたい1冊です。
トランプ政権発足以降、この「ディストピア」本が好調です。中でも売れているのがこの『一九八四年』。〈ビッグ・ブラザー〉率いる党が支配する全体主義的な近未来を舞台に、歴史の改竄を仕事にしていた主人公の姿を描いた古典的名作!村上春樹の『1Q84』をあわせて読めばさらに面白いかもしれません。
『天才』が大ベストセラーになったのがちょうど1年前のこと。石原さんが別件で話題を集めているなか、まさに”究極”の田中角栄本が発売されました。娘から見た政治家、田中角栄はどういう人だったのか、彼女は父から何を学び、どう育ってきたのか。歴史を振り返るためにも役立つ話題の1冊です。
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昨今、新書市場は減少の一途にあります。読者の声を聞いても、点数が多すぎる、お店で探しづらい、テーマ別になっていない…などなどの課題が語られます。この『応仁の乱』はそういった沈みつつあった新書市場に新しい風を吹き込んでくれました。
新聞広告がきっかけでブレイク、SNSで拡散、若年層にも拡大、さらには他の歴史系新書への影響などなど。売上はまだまだ上昇基調、どこまでの動きになるのか楽しみでなりません。