昨年の初夏、父が亡くなった。ある日、突然動けなくなり末期の肺がんだと診断された。担当医師は「夏を越えるくらいまで」という。告知をどうするか、私たち家族は悩んだ。
本書は日赤医療センターで、進行がん、特に肺がんの治療を専門とする國頭英夫医師が、日本赤十字看護大学の1年生に行ったコミュニケーション論の講義録である。
看護師を目指してこの大学に入ったとはいえ、ついこの間まで高校生の素人に何を教えたらいいかと悩んでいた著者だが、このゼミを選んだ学生13人は真剣だった。幼いなりに、世の中を知らないなりに必死に課題にくらいついていく。その過程は正直、涙ぐむほどがむしゃらだ。医学生にさえこんなに真剣に聞いてもらうことはなかったそうだ。
がんの治療は日々進歩しているが、國頭氏の担当する進行がんは、ほぼ亡くなる病気である。不安を抱えながら闘病している患者を、医師も看護師も見放すことはできない。
「死んでいく」患者と向き合い、少しでもベターな「ライフ」(生活・生命・人生)を過ごしてもらいたい、という使命を持っている。ヒポクラテスの言う医者の三つの武器である、言葉、薬草、メスのうちの「言葉」をどのように磨いていくか、という実践的な授業なのだ。
授業は患者にとっての時系列ですすめられていく。まずは告知。その後、インフォームドコンセントが行われ、終末期に行うコミュニケーションを学ぶ。『白い巨塔』や『コード・ブルー―ドクターヘリ緊急救命―』などのテレビドラマの監修をした経験のある國頭氏は、特徴的な場面を切り出し、その意味と現実の対応を説明する。この方法は学生たちの想像力を喚起しやすい。通説を無視する、この教官に対する信頼度も上がりそうだ。
本書に通底するのは、プロとしてのテクニックをどう磨くか、である。医療者と患者の関係は「契約」ではなく「信託」、という言葉に大きく頷いた。治療法をいくつも示されても、知識のない患者家族には選択できるはずもない。誑かしでもいいから私たちを安心させてほしいというのが本音だ。そのスキルを早く上げるためにも、この授業のように基本を押さえておくことが重要だろう。
父は入院して1か月も経たずに苦しみ抜いて亡くなった。病院関係者は良くしてくれたが、この本を読んでいたら私自身の対応が違っていたと思うと悔やまれる。今はこの看護師たちのいる病院で死にたいと思う。(週刊新潮2/2号から転載)
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國頭氏は里見清一のペンネームで小説も書いている。ある意味、彼の本音が炸裂している小説。