「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない!」
マリー・アントワネットが言ったとされる、この言葉は誰もが一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。私はケーキを買ってきた翌日の朝に、この発言とともにケーキの写真をSNSに投稿している。ケーキを1個だけで買うのが恥ずかしく、見栄で2個買ってしまい、翌朝の朝食がケーキになるというパターンだ。
と雑談はさておき、食糧難に陥ったフランス国民に対してマリー・アントワネットがそう発言したことで、大顰蹙を買ったと世間では広まっている。しかしマリー・アントワネットがこのような発言をしたという記録はなく、この言葉の出典元はジャン・ジャック・ルソーの『告白録』の中に出てくる大公夫人の言葉なんだそうだ。
この言葉、和訳ではお菓子となっているが、正しくは「パンがなければブリオッシュを食べればいいじゃない」である。これはフランス語から英語に訳されたときに、ブリオッシュをケーキと訳し、そう訳されたものを和訳したことで、お菓子と訳されたようだ。ただブリオッシュと言われてもピンとこない人が大半だろう。私もこの本を読むまではそうだった。
ブリオッシュとは小麦粉、塩、パン酵母(イースト)、水という最低限の原材料で作られるパンに対し、水の代わりに牛乳を加え、バターと卵を多く使ったヴィエノワズリーである。ヴィエノワズリーとは「ウィーンのもの」という意味で、砂糖、卵、バター、牛乳などを多く含んだリッチなパンの総称だ。
ブリオッシュの写真を見て、それをケーキやお菓子だと思う日本人はほとんどいないんじゃないだろうか。見るからにパンなのだ。だから英訳されたときにケーキと訳されたのは、とても幸運だったと思う。ブリオッシュのままだったら、意味がわからず、この言葉は日本ではこんなに広まっていなかったに違いない。
ブリオッシュはパンとお菓子の中間地点にある「お菓子なパン」である。ブリオッシュに限らず、お菓子なパンはたくさんある。あんぱん、クリームパン、メロンパン。ブリオッシュにデニッシュ、シナモンロールにドーナツやマフィンなど……。
そんな「パン」なのか「お菓子」なのかわからない『おかしなパン』についての対談集が今日紹介する本だ。おかしなパンは「可笑しなパン」であり、「お菓子なパン」であると、著者のひとり、菓子研究科の山本ゆりこは述べている。もう一人の著者はパンの研究所パンラボを主宰している池田浩明だ。お菓子とパンをこよなく愛する二人が語るパンについてのよもやま話がとにかくおかしくて最高だ。
あんぱんはパン屋を創業した当時、パンが売れなかったときに、饅頭に寄せて日本人にイメージしやすい食べ物としてできたとか、クリームパンはシュークリームにインスパイアされてできたものだとか、パンの起源やパンにまつわるうんちくが対談のなかで知ることができてとても楽しい。またあんぱんの発祥は銀座のキムラヤ、クリームパンは新宿の中村屋といったようにおかしなパンの発祥のお店や、おいしいおかしなパンの情報も知ることができ、実際に足を運んでみようという気にもさせられる。
また対談の中で思いついたことを実験してみる姿勢もおかしい。例えばクリームパンと合う紅茶はどれかを調べてみたり、ジャムの新しい食べ方を探求すると題し、ジャムと合うビスケット、クッキー、クラッカーを探してみたり。ドーナツの章では、モップのダスキンが、なぜミスタードーナツをやっているのか?が話題になったので、それを実際に調べてみたり、さらには実際におかしなパンを作ってみたりと、対談から派生したことをとにかくなんでも詰め込んでいる感じが本にも出てくるシュトーレンのようでとてもおかしい。
なにより、本に出てくるパンがどれも本当においしそうなのである。その写真を見ているだけで、とても幸せな気分にひたれるのだ。本来であれば、その写真をここに載せてみてもらうのが一番なのだけど、それは実際に手に取ってからのお楽しみということにしておこう。パンが好きな人にはほんとうにたまらない1冊なので、ぜひ読んでみてほしい!