天才とは何だろう? 一般的には「とくに創造的活動において発揮される、すぐれた知的才能」と定義されている。『優生学』を打ち立てたフランシス・ゴルトンのように「世界中がその功績に対して大きな恩義を感じるような人物」としたほうがより実際的かもしれない。
ダーウィンのいとこであったゴルトンは「天才とは遺伝の産物」と考えていたが、はたしてそうだろうか。いみじくもそのゴルトン本人が指摘したように、人間は「氏と育ち」からなりたっていることは間違いない。天才の「育ち」、すなわち、創造性を育てる環境を探ってみようというのがこの本だ。
そのためにとられた方法は、世界旅行である。なんやそれは、と思われるかもしれないが、ある時代に複数の天才が何人も出現した都市が厳然と存在する。そういった都市を巡り歩くことによって、天才を生み出した環境をあぶりだそうというのだ。
選ばれた都市は、アテネ、杭州、フィレンツェ、エディンバラ、カルカッタ(コルカタ)、ウィーン、シリコンバレーだ。それぞれの位置や状況も、天才が生きていた時代もまちまちである。そして、いずれの都市でも、ある時期に天才が出現したのだが、なぜか長くは続かなかった。さて、天才を生み出す、創造性を育むのに適した環境とはどのようなものだったのだろう。そして、その環境の中で天才はどのように育っていったのだろう。
まずトップバッターはアテネ、ご存じソクラテスやアリストテレスを産んだ古代ギリシャの都市だ。アテネは富に恵まれた世界で初めての国際都市だった。というと、楽園のような環境だったから天才が生まれたのかと思われるかもしれない。しかし、実際には真逆で、当時のアテネは「敵に囲まれ、オリーブオイルにまみれた、小さくて不衛生で、人の密集した街」であった。環境がよすぎると、創造性の必要性が低くなってしまい、むしろ天才が生まれにくいのである。
そのような街で、人々は歩き回りながら議論を重ねた。再三にわたって出てくるのだが、創造性には議論が必須だ。それも、意見や分野の異なった人同士での議論である。もうひとつの重要な指摘は、アテネは国際都市としてのメリットを最大限に活かして、ありとあらゆるアイデアを異国から遠慮会釈なく「盗んだ」ことだ。考えてみれば当たり前のことなのだが、創造は無からは生まれない。
つぎはフィレンツェを覗いてみよう。時代はルネッサンス、他に何人もいたが、ミケランジェロとダ・ヴィンチ、両巨頭の名前だけで、天才芸術家を生んだ都市という名に恥じることはないだろう。そのフィレンツェは芸術の街であると同時にメディチ家による富があふれる街だった。アテネの場合と同じく、富は天才の育成に重要なようだ。
まず、富は創造性のある人を集める磁石のような働きをする。それに、天才の育成には富が必要な場合もある。ミケランジェロですら、工房で働いていた子どものころにロレンツォ・メディチに見出されていなかったら、あれだけの成功を収めることがなかったかもしれない。もうひとつ、ミケランジェロに関してのおもしろいエピソードは、システィーナ礼拝堂の天井画である。
あきらかに才能のある者は困難をともなう仕事に従事させる。
そう、どんなにふさわしくなさそうな仕事であっても。
当時、ミケランジェロは彫刻家としては有名であったが、画家としての腕前はほぼ未知数であった。しかし、時の教皇ユリウス二世は、そのリスクを理解した上で白羽の矢を立てた。天才的創造を生み出すにはリスクを取ること、取らせることが必要なのだ。
ダ・ヴィンチはミケランジェロよりも20歳以上も年上だが、若きミケランジェロの将来性が高く評価されていたこともあって、とても仲が悪かった。そのダ・ヴィンチは、完成作の少なさが知られているが、その代わり、きわだった問題発見能力、すなわち、次々と新しいテーマを見つける能力を有していた。これも天才にとって必要な資質である。
天才芸術家が百花繚乱であったかのようなフィレンツェについて特筆すべきことは、メディチ家が富を芸術に湯水のごとく費やしたことだけではない。ダ・ヴィンチもミケランジェロもトレーニングをつんだのは美術の工房であったことが大きな意味を持っている。そのような工房が、才能発掘の場としてだけでなく、教育の場として、そして、チームプレーの場としてうまく機能していたことを忘れてはならない。天才は一人で勝手に生まれるのではないのである。
ウィーンはなんと、一度ならず二度、天才を輩出する時代を迎えた例外的な街である。一度はモーツァルトやベートーベンを産んだ芸術の都として、そしてもう一度は、一世紀の時をへだてて、心理学者フロイト、哲学者ウィトゲンシュタイン、小説家ツヴァイク、物理学者マッハ、作曲家マーラーらを擁した文化の都として。しかし、それぞれの成立において重要であった理由は決して同じではない。
ここまで書いてきたレベルの天才がシリコンバレーに集積しているかどうかについては異論もあるだろう。しかし、シリコンバレーには、天才を産んだ他の都市と共通した性質がある。それは楽観主義と不満だという。逆に考えてみるとよくわかるが、悲観主義と満足は、明らかに想像力をくじいてしまう。
これらの都市の共通点を連ねると、天才を生み出す要因をいくつか抽出することができる。しかし、当然のことながらそれぞれに異なった特徴もあるので、決定的な絞り込みは難しい。少し残念な気もするが、まぁ、それは仕方のないことだろう。それよりもこの本、著者のエリック・ワイナーが各地を取材するのに同行させてくれるような気分にさせてくれるのが実に楽しい。
もう一点、この本が優れているのは、単なる紀行にとどまらないところである。一人っ子が多いとか、父親に死なれている場合が多いとか、天才に共通する要因がたくさんあげられている。さらに面白いのは、自分の知的枠組みをゆさぶられると想像力が高まるとか、公教育は創造性を阻害するとか、制限を加えた方が創造性が向上するとかいうような研究成果がいたるところにちりばめられていることだ。
もちろん、この本を読んだからといって天才になれる訳ではない。しかし、どうすれば創造性を高めることができそうか、あるいは、阻害してしまうか、についてのヒントをたくさん得ることができる。あぁやっぱりそうだったのか思うこともあれば、えぇほんまですかと思うようなこともある。いずれにしても、天才を産んだ環境だけでなく、想像力を高める方法論について山ほど学ぶことができるはずだ。想像力に富んだ子を育てるためにも非常に参考になる、素晴らしく示唆に富んだ一冊になっている。
訳者あとがきはこちら
同工異曲っちゅうたらそれまでなんですが、おもろい本やから負けといたってください。これを読んだら幸せになれる!という訳ではありませんが、オススメです。
エディンバラ黄金時代のひとり、ジョン・ハンター。ぶっちぎりの面白さです。まだ読んでない人、読まへんかったら損やでっ!