コンピューターが人々の生活に浸透されたのをきっかけに、世界中のデザイナー達はその化学反応から起こりうる未来を予測してきた。本書はそこから生み出されたデザインの数々を紹介し纏められたものである。
それは「人間と非人間」をつなぐ新しい領域のデザインかもしれない。
本書に登場するのは、グラフィックデザイナー、MoMAキュレーター、書体デザイナー、インタラクションデザイナー、コンピュータ科学者など。いずれも急速に変化する時代と向き合い、コンピュータの登場によりデザインの進化を予言した人物ばかりだ。事実、彼らの思想は現代に踏襲され現代デザイン理論の礎となった。
著者のヘレン・アームストロングは、米ノースカロライナ州立大学でグラフィックを教える准教授だ。彼女が出版した本書の原書であるDDT(Digital Design Theory)は、20世紀のグラフィックデザインにまつわる概念を体系的かつ的確に押さえた内容で、その授業のシラバスとスライドもweb上に公開され世界中から注目されることとなった。
監訳は多摩美術大学情報デザイン学科教授・メディアセンター所長の久保田晃弘。本書のような書籍は、翻訳書が出ていなかったり絶版となるケースが多い中、日本語で読めるようになったのは嬉しいことだ。
実際、デザイナー達はどういった理論を展開してきたか。作品と並行し例をあげてみよう。
ズザーナ・リッコ
リッコは1980年代、解像度の粗いコンピュータ画面とドットマトリックス・プリンタ向けのビットマップ書体デザインとしてMatrixやEmigreフォントを開発した人物。Matrixはコンピューターのメモリを軽減させるために、複雑なラインをそぎ落としている。今でこそ携帯端末を含むメディアの多様化から、データ量が少なく低解像度の画面でも認識しやすいビットマップ・フォントは不可欠な存在となったが、当時はコンピュータの限界に抵抗するのではなく、限界を逆手にとり、コンピュータに適したフォルムを生み出していたのだった。
ベン・フライ
デザイナー兼プログラマーのベン・フライは、人間と機械のハイブリッドの知能が支配する世界の到来を予測しており、そこには自動生成のデザインが必要であると提案した。この作品は「Deprocess(脱プロセス)」と付けられた2006年の作品だが、彼が開発したプログラミング言語は、コード自体を視覚的に解釈し展開する機能をもつ。
ホーコン・ファステ
知覚ロボットを研究するファステが制作した外骨格ロボットは、遠隔操作またはバーチャル操作を行う際、人間に感触を提供する。ロボットはAIを実装し、ロボット自体の直感的知覚をユーザーの肉体と頭脳の延長として捉え、自立的に理解して学習することができる。そのためロボット自身が次に必要なパーツを開発提案するようになる。ファステはすでに機械が人間の「心」の部分まで関わっていることを体感しているという。
キートラ・ディーン・ディクソン
ディクソンは、常に成長し続ける描画プログラムを組み込むグラフィックデザイナー。この作品はIllustrator上でJavaScriptを使い、最大の形状を作るスピードを速めて表現している。新芽が成長し、さらにそこから発展していくような、自己言及的な構築方法を彼は追い求める。
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本書の構成は「SECTION ONE:デジタルを構造化する」「SECTION TWO:中央処理への抵抗」「SECTION THREE:未来をコード化する」の3部構成で、基本的にどこから読んでも大丈夫だ。作例も多く、見ているだけでも楽しめる。非デザイナーやプログラマー、理系脳にとっても知覚に働きかけるためオススメだ。デザインの先にさまざまな可能性を見せてくれる刺激的な一冊。
※画像提供:ビー・エヌ・エヌ新社