IQ156の「メンタル弱い系」天才プログラマーは、コレ(JOY)で世界を変える「陽気な善人」になった
ーー友人から見た著者チャディー・メン・タン
日本はもちろん世界各国でベストセラーとなった、マインドフルネスとEQのバイブル的書籍『サーチ・インサイド・ユアセルフ』。そのベースとなった同名の研修プログラムはグーグル社内で最も人気となり、社外でも展開され15か国以上で1万人を超える人が受講し、その開発者で同書の著者であるチャディー・メン・タンはグーグルの重役からマインドフルネスの 世界的リーダーとなりました。親しい友人からは「メン」と呼ばれ、私もメンさんと呼んでいます。
国連でのTEDなどでマインドフルネスとコンパッション(深い思いやり)について講演するメンさんは、堂々としたリーダーの自信に満ちています。IQ156の天才プログラマーとしてグーグル初期の検索エンジンのアルゴリズム製作チームをリードし、若くして億万長者となり、世界平和への取り組みが認められ何度もノーベル平和賞候補となる……というと、絵に描いたようなシリコンヴァレーの成功物語のようですが、私が友人として知る彼は、コンプレックスや後悔もいっぱいの、ひょうきんで心優しい人です。ダジャレや冗談を連発しながら、真剣に世界平和の達成に取り組んでいます。しかし、かつての彼は、日々のストレスや自信のなさからいつも心がくじけそうだったし、自分の内面の葛藤と世界で起こる不幸がそのまま苦しみになって、生きているのが辛かった、と話してくれたことがあります。本書でも書かれているように、生まれつき「幸せの設定値が低かった」という彼の苦悩は相当なものでした。
この「メンタル弱い系」天才プログラマーが、いかにしてグーグルの「陽気な善人(= Jolly Good Fellow:自分で勝手につけた役職名がそのまま正式になった)」として世界中で活躍するマインドフルネスのリーダーに自らを変容できたか、その歴史と秘訣をユーモアと平易な言葉で説いたのが本書です。しかも、メンさんが学んできた教師陣の素晴らしいことといったら!
一部を紹介すると、禅では曹洞宗の禅僧マーク・レサー、同じく曹洞宗禅僧でスタンフォード大学卒業式の講話で有名なノーマン・フィッシャー、日本で臨済宗の得度を受けたソウリュウ(宗隆)・フォロル、高野山で真言宗の得度を受け韓国で禅も研究したシンゼン(真善)・ヤング。そしてチベット仏教の指導者ダライ・ラマ法王と、故ネルソン・マンデラ大統 領のアドバイザーだったデズモンド・ツツ大主教のふたりは、彼のメンターとして多大な影響 を与えています。
しかし、私が特筆したいのは、メンさんが個人的、または自分のNPOを通じてサポートしている、平和のための草の根運動を続ける多くの名もない人たちのことを、いかにメンさんが尊敬しているかということです。奴隷問題を世の中からなくすために、レモネードを売って募金活動をするアメリカの少女、内戦によって焼け野原となった東ティモールで植林活動をしている貧しい庭師などが、メンさんにとっての英雄なのです。
こういった草の根のリアルな苦悩も受け入れながら、「自分が生きているうちに世界平和の条件を整える」という気の遠くなるミッションへ向かい続ける、そのためにも本書のテーマ 「オンデマンドで手に入るJOY」はメンさん自身、なくてはならないものとして今も実践し続けています。
多くのリサーチによると、物事を成功に導くリーダーには悲観主義と楽観主義の両方がなくてはならないのだそうです。メンさんはその両方を強烈に持ち合わせている稀有なリーダーです。拙宅で一緒に瞑想リトリートを行なったとき、「僕の過去は後悔の連続だよ」と苦渋の面持ちで話してくれた彼の正直さには、逆に感銘を受けました。また彼のもとには世界で起こっている理不尽で悲惨な状況も報告されます。それを受けとめつつ、それでも希望を持って前進し続ける、この胆力と勇気の源が、一瞬一瞬オンデマンドでJOYにアクセスする能力なのです。彼がただ楽観的な人だったら、ここまでの成功はなかったでしょう。そしてJOYの切実な探求も必要なくなるので、本書も生まれることはなかったでしょう。
メンさん自身の切実なJOY探求のストーリーに加えて、本書の特徴は、難解でパラドクスに満ちた本格的な仏教の叡智を、平易な表現でユーモアを加えて伝えている点です。監訳にあたり、「平易でわかりやすい言葉遣い」は留意し苦心したところです。 残念ながら、原書にあったメンさんならではの言葉遊び・ダジャレの一部は日本語訳できませんでしたが、ふんだんなイラストはできうる限り原書から引きつぎ、メンさん自身が話しかけているような軽やかな口語を意図しました。平易な口語ながら、compassion(深い思いやり)とloving-kindness(愛情に満ちたやさしさ)の差や、四無量心の解説など、難解な仏教的叡智を今の言葉で多くの人に咀嚼しやすくお伝えするという本書の試みが、皆様にも理解できる形で届くことを願ってやみません。
「アメリカのマインドフルネスは、浅くて現世的利益を追求するまやかしである。日本の伝統ある仏教や歴史を忘れるな」といったお叱りを受けることもあります。マインドフルネスの伝え手である私たちは、まやかしはないか、エゴはないか、常にチェックするうえでも忘れてはならない戒めです。しかし、アメリカのマインドフルネスをけん引している人々を個人的に知る私としては、逆に禅宗の檀家でありながら何も実践してこなかった自分を恥じる一方で、彼らのひたむきな何十年もの取り組みを「浅い」「現世的利益追求だ」とはまったく思いません。
宗派にとらわれない彼らの多くは、禅、チベット仏教、テーラワーダ仏教、原始仏教などについて、広く深く学びと実践を続けています。メンさん自身も、日々一時間の瞑想に加え、教師や書籍からマインドフルネスの源泉を20年学び続けています。前述のメンさんの教師の一人、ソウリュウ・フォロルは、まだ40歳そこそこですが、はるばる日本の岡山県に渡り五年間臨済宗の厳しい修行を経て得度し、合計12年間インド、タイ、中国でもさまざまな仏教の修行を重ね、現在アメリカで教えています。マーク・レサー、ノーマン・フィッシャーらのように鈴木俊隆のサンフランシスコ禅センターで40年前から実践と学びを行なっている人もいます。学術的マインドフルネスの父ともいえる分子生物学者ジョン・カバット・ジン博士もメンさんと親しく、彼も1966年からアジア各国で禅を深く学んだ後、医療に取り入れるためにMBSR(マインドフルネス・ストレス低減法)を打ち立てました。
メンさんやその教師である彼らが、禅や日本文化にこの上ない敬意を抱き、真摯に学んでいる様子は、日本人として身の引き締まる思いと、日本人であるからこそぼんやりとしている禅・仏教や日本文化の何たるかについての、大きな気づきをもたらします。だからこそ彼らの実践の深さ、禅と日本文化への大いなる尊敬、憧憬を、読者の皆様にも感じていただき、何らかの気づきを得ていただきたいと、心から願っています。
木蔵シャフェ君子
一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート理事/SIY認定講師/MBA