男が父親になる日 『フランスはどう少子化を克服したか』

2016年11月9日 印刷向け表示
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フランスはどう少子化を克服したか (新潮新書)

作者:髙崎 順子
出版社:新潮社
発売日:2016-10-14
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以前は日本と同じように少子化に悩んでいた、フランスの合計特殊出生率は2014年のOECDデータで1.98となっており日本の1.42と大きな開きがでている。本書は、現地で子育て中の日本人ライターが、少子化を克服したフランスの「5つの新発想」についてレポートしたものだ。この数値だけを指して問題視するつもりはないが、私も現在の子育て環境には窮屈さを感じており、見習うべき点があるに違いないと興味津々で読み始めた。

私には、小学校1年生と保育園2歳児クラスの子供がいる。二人とも生後3か月から保育園に通っているが、下の子は昨春、公立の保育園の書類選考にすべてもれた。いわゆる「待機児童」になるかと思われた矢先、安心できる民間の保育園がみつかった経緯がある。保育ママなどほかにも手立てを考えられはしたが、日本の仕組みの窮屈さを我が身で感じたものである。

本書を読むと、フランスの共働き夫婦も、就学までの難局を苦労しながら乗りきっていることがわかる。しかし、そんな苦労も3歳までの期限付きである点や、周囲から「育児なんて親だけでできるわけない!」と温かい目で見られている点など、日本と大きく違う点がたくさんあって、「なるほど、これなら出生率があがるわけだ。」と私は何度もヒザを打った。本書の内容を俯瞰するために、まずは「5つの新発想」を列挙させていただきたい。

1.男を2週間で父親にする
2.子供は「お腹を痛めて」産まなくてもいい
3.保育園には、連絡帳も運動会もない
4.ベビーシッターの進化形「母親アシスタント」
5.3歳からは全員、学校に行く

「2」は母親の負担を減らすためフランスは「無痛分娩」の比率が圧倒的に高いということ。「3」は保育園が「親の負担を減らすもの」という発想で運営されているということ。「4」は保育園よりも利用率が高いベビーシッターの進化形である「母親アシスタント」の実態。「5」は3歳になるとほぼ100%就学する「保育学校」についてまとめられている。この4つの章はいわば字面どおりだが、「1」は、最初ピンとこなかった。

しかし、結果的に最も印象に残ったのは、この「男を2週間で父親にする」の内容だった。この章では、出産後2週間で父親が子の世話をできるようにするための休暇をとれるように定めた制度について紹介している。この制度を作ったフランスという国を、私は心から尊敬した。私には、この発想は持ちえなかったからだ。

初めて我が子を抱き上げたときの感動は忘れられない。しかし、母親に比べて、父親になった実感は薄かったように思う。数日後、いつも通りの勤務が始まり、我が子との生活が始まったのは、妻が実家から帰ってきた数週間後だったからである。言い訳にきこえるかもしれないが、私は子育てに慣れるタイミングを逃した。日本の父親の多くがそうであるように。

それからしばらく、一人で幼い子供の面倒をみる状況に置かれると、いつも不安になった。子は可愛いが、対応力がなかったのだ。何も起きないことを願いながら、妻が家に帰ってくるのを一秒千秋の思いで待つことが度々あった。それは、同僚の話をきいても大同小異のようだった。日本では、こういった夫婦間のいわば「子育てデバイド」を酒の肴にしてやり過ごすのが、通例になってしまっている。

しかし、フランスは違ったのだ。2002年に、3日間の出産有給休暇に続く11日間の父親休暇を制度として導入し、この父母間「子育てデバイド」の解消を図ったのである。ここに気づくなんて凄いぞ、フランス人!父親の育児スキルが上がれば、子育ては格段に楽になる。長い目で見れば、治安も安定する(かもしれない)。本書では、この14日間の休暇の間に起きた夫婦間の変化を、実例をあげていくつか紹介している。それを読みながら、我が身を顧みずにはいられなかった。

上の子が小学校にあがる段階になってはじめて、共働きの妻にのしかかっている負担の大きさに私は気づいた。二人の育児、そして介護もある。今、私は会社の育児介護制度を活用して勤務時間帯を変更し、できるだけ家族に寄り添う時間を持つようにしている。本書の表現を借りれば、父親になるのが遅すぎたのかもしれない。これから、子供たちが手を離れるまで、残された時間を大切にしていきたいと思っている。

2012年には約7割がこの父親休暇を取得するほど社会に浸透してきたという。これだけ浸透したのは、雇用主が拒むことはできない制度だからだろう。しかし、経済的な面やそれをバックアップする職場環境がなければ、社会に根づくのは難しい。日本でも育児や介護に関する制度は整いつつあるが、風土が追いついてこない状況があるのはご存知のとおりである。その点について、フランスの状況を本書から引用しつつ説明していきたい。

3日間の出産有休は雇用主負担ですが、11日連続の「子供の受け入れ及び父親休暇」は、給与明細上では無給休暇扱い。が、それが実質的に有給休暇になるように、国の社会保険から休暇中の所得分が支給される仕組みになっています。

つまり、男を父親にするために、雇用主が3日間そして国が11日間、給与を負担していることになる。また、休暇中に業務に与える影響も少なからずあるに違いない。しかし、多くの人が、それ以上に大切なものを育んでいくために必要な社会的コストとして認識しているということなのだろう。この共通認識は、次のような本書の記述にもあらわれている。

可能な範囲のヒアリングを試みました。すると、職種・業種問わず全員から、同じ答えが返って来たのです。
「そりゃ、人生で一番大切なことだから!」
今の雇用現場で「子供の出産で父親が休むこと」はほぼ、絶対不可侵の神聖な休暇と捉えられているそうです。

命を育むことが最優先──「5つの新発想」は全てこのベクトルに向かっている。本書を読んでそう感じた。それによって風土が変わり、制度を活用しやすくなったのではないか。少子化、高齢化、長時間労働、女性活用・・・働き方革命が叫ばれ、日本でも制度は整いつつある。しかし、それだけでは足りない。多くの人が、胸を張って制度を利用できる風土になったとき、はじめて機能しているといえるのではないだろうか。育児介護制度を活用した私のはじめの一歩が、やがて堂々とした広い道になることを願ってやまない。

父親が子どもとがっつり遊べる時期はそう何年もない。

作者:布施 太朗
出版社:三輪舎
発売日:2016-01-18
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子育て中のお父様方、こちらの本も是非お読みください! 

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作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
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