「その朝、俺はピカソだった」という一行からはじまる、まるでアラン・ドロンが登場する陰影の濃いフランス映画を小説化したような本である。過去と現在をカットバックさせながら、史上稀有な犯罪を本人が語り下ろす。著者の名前はギィ・リブ。現在69歳の天才贋作作家だ。2005年に逮捕され、禁錮4年の判決を受けた。
フランス中部のロアンヌ。ギィは高級娼館を経営する両親の間に生まれたが事業は破綻。父親は殺人犯に転落し、母親は占い師に、10代だった本人はリヨンの暗黒街で路上生活者となる。その後、フランス海軍に水兵として従軍、そして天賦の画才を生かし途方もない贋作作家に変貌するのだ。ここまでで、まだ全編の4分の1だから、読者のページをめくる手は最後まで止まることはないだろう。
贋作といっても美術館などに展示されている絵画の模写ではない。ピカソ、ダリ、マチス、ルノワールになりきって、彼らが描いたであろう「新作」を創作するのだ。そのためにギィは、何日間もかけて専門書を読みこみ、試作を繰り返していた。贋作対象の作家がいつ、なぜ、どのように作品をつくり、どのような精神状態だったのか、画家のすべてをのみ込んでから創作に取りかかったのだ。
ギィが創作した贋作は画商やオークショニアにも見破れなかった。裁判では弁護士が「いまここに展示されている作品群は、偽造というだけで壊される運命にあります。しかし、この絵のなかに傑作がないと、誰が言いきれるでしょう」という問いかけをしているほどだ。真贋とアートの価値について考えさせられる本でもある。
ギィの贋作はいまも世界中でそれとは知られずに展示されているという。
※産経新聞書評倶楽部から転載