日本という国で暮らすことは、地震と一緒に生きていくこと。
2007年に発行された『地震イツモノート』は、阪神・淡路大震災の被災者167人の声と工夫を集めた本だ。「モシモ」ではなく「イツモ」、地震とつきあっていくことを語りかけた同書が2010年に文庫化されてから今日までの間にも、巨大な地震は繰り返し起きてきた。今も書店の文庫コーナーや防災コーナーでは、そう苦労せずに見つけられる1冊である。
本書『地震イツモマニュアル』は、その実践版としてつくられたものだ。これまで蓄積されてきた数多くの知見が、誰もが「使える」かたちにまとめられている。
120ページほどの分量に、応急手当、電気、ガス、水、食事、連絡手段などについて絞りこまれた「まず知っておきたい、やっておきたいこと」が詰まっている。凝縮された内容とはいえ、今まで意識してこなかったことがたくさん書かれていた。
たとえば、「ガラス」について。阪神・淡路大震災では、負傷原因の29%がガラス片だったという。割れる原因は、揺れではなく、飛んでくる家具や外からの破片などの「飛来物」である。
マンションなどに多い「網入板ガラス」は破片が飛び散りにくいが、実は普通のガラスより割れやすい。一般的なガラスの約3倍割れにくい「強化ガラス」は、破片が粒状で大ケガは防げるものの、一気に崩れ落ちるので後に風雨がしのげなくなることがある。
ベストな対策として書かれている「合わせガラス」を取り入れられないとしても、昼は薄いレース、夜はカーテンを引いておいたり、倒れても窓に当たらないように家具を置き直したりと、できることは少なくない。
「ガス」についても知らないことはたくさんある。家庭に設置されているガスメーター(マイコンメーター)は、震度5以上の揺れを感知すると自動的にガスを止めてくれる。大きな揺れが来たときには、まずは安全確保をして、落ち着いてからスイッチを切りに行く方がいい。
ガスに関して災害時に心配すべきなのは、「消すこと」ではなく「復旧方法」だという。各家庭のメーターで止まっている場合は、家庭で復旧することが可能だ。本書にはやり方が一目で分かるように書かれている。ガス管へ被害を及ぼすような強い揺れの際は、地区単位で供給が停止されることもあるので、その場合は再開状況をメディアで確認しながら復旧を待つ。
東日本大震災の時に、東京ガスが受け付けたマイコンメーターに関する問い合わせ電話は22万本に及ぶそうだ。だが、災害発生時に最優先に対応したいのは、「ガスが止まったがどうすれば…」という電話よりも、ガス漏れの通報である。わずかな知識をそれぞれが持つことで、ガスの安全や早期復旧につなげることができる。
ここでは細かく踏み込まないが、避難生活になった場合の話も知っておきたい。想定される避難者数は、南海トラフ巨大地震で950万人、首都直下地震で720万人にも上ると言われている。
口腔の不衛生は、肺炎につながったり、感染症のリスクを高めたりする。だからこそ、液体ハミガキや、なければ少量の水でもいいので、オーラルケアは欠かさないのが好ましい。下水道やトイレの問題についても、メディアでは声高に取り上げられづらいが、避難生活の質を大きく左右すること、それでもできることはあるということが書かれる。
他にも、水はどれくらい準備しておけばいいのか、携帯トイレはどれくらい用意すれば安心なのか、物資を節約するためにどんな方法があるかなど、些細だが大切な話が、やわらかいイラストと言葉で簡潔に綴られていく。
詳細は実際に読んでいただくとして、どうしても紹介しておきたいのが、あとがきの文章だ。
「全部やらなきゃ」と思わないでください。
「日本」という単位で見れば、地震は「イツモ」のように起きている。日本列島がいつ巨大地震に見舞われてもおかしくないという感覚は、もはや当たり前のように根付いていると言っていいだろう。
ただ、「個人」のレベルではどうだろうか。実際に自分の身の回りに地震が襲いかかるということに対して、どれほど現実感を持つことができるのか。心に刻みつけられる体験をした人でもない限り、身近な範囲で地震を「イツモ」と捉えるのは、本当はそう簡単なことではないと思う。
でも、たとえ現実感がそれほど湧かなくても、まずひとつ「備えてみる」ことはできる。最初から何でもやろうと気負わなければ、べつに切実な動機がなくても始められる。まず何かやるなら、覚えておくなら、何から手をつけるのがいいのか。この本には、そんな最初の一歩目が書かれている。
この本は、できるところから始めてもらえたら、という思いからつくったものです。いっきに全部やらなきゃと思わないでください。(中略)「コレぐらいならできるかも」とやれそうなところから、まずひとつ始めてみてください。
「意識が変わるから備える」の順ではなく、「備えるから意識が変わる」ことだってあるのかもしれない。できることから進めるうちに、後から意識が追い付いてくる。「モシモ」が「イツモ」に変わっていく。
情報をいかに厳選するかだけでなく、備え始めるまでの「背中の押し方」にまで気が回されている本だと思う。それはもしかしたら、防災の本として最も大事なことなのかもしれない。
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