今、多くのビジネスマンは、二つの戦いに追われているかもしれない。一つは勝手知ったるライバル企業との戦い、そしてもう一つは今はまだ視界に入ってきた程度だが、次世代において大きな脅威になりうる新たなライバルとの戦い。現在と未来、二つの時間軸での戦いを同時並行に行わなければならないのは、変化の速い現代社会の宿命である。
もちろん数字的なインパクトが大きいのは前者のほうだ。しかし、次世代における戦いは、会社を二つの世代へと分断しかねない大きなリスクが存在する。その小さな綻びから、やがて企業ガバナンスをめぐる問題へとつながっていくケースも多いだろう。
このような問題を表面化させないためには、一体どのような手を打てばよいのか? 一つの回答を示しているのが、本書で紹介される「レッドチーム」という考え方だ。レッドチームとは、シミュレーションや欠陥テスト、代替分析を組み合わせて、組織や戦略の穴を見つけるための体系化されたプロセスを指す。
このように書くと、きわめて冷静な手法のように思えるかもしれない。しかし、そのルーツがカトリック教会の聖人認定を厳格化するための「悪魔の代弁者」という役職にあり、その後アメリカ軍にて育まれたということを聞くだけで、ただならぬ雰囲気が伝わってくることだろう。
本書は、今や欧米の民間企業でも広く運用されるようになったレッドチームの手法を内側から明らかにした一冊である。著者は200人を超える優秀なレッドチーム実践者とその仲間へのインタビューを通して、さまざまな分野における事例を集めてきた。
優れた経営者やマーケティングの戦略家たちが、戦争という究極の戦いから学ぶべき教訓は多い。「レッドチーム」という言葉も冷戦を境に使われ始めたものだが、標準的なプロセスとして取り入れられたのは2000年代以降である。中東をめぐる、新たな敵との非対称な戦いを通じて、その手法は磨き上げられてきた。
本書で紹介される事例の一つ一つは、ドキュメンタリーとしても興味深いものばかりである。今や多くの人に知られるところとなった、ビン・ラディン追跡劇の「海神の槍作戦」。この作戦を実行するときにもビン・ラディンの居場所をめぐって、3つの異なるレッドチームが稼働していた。
元々分析を担当していたのCIAのチームでは、居場所が正しく分析できている確率を95%と見積もっていた。ところが他の3組のレッドチームからは、40%〜80%までのバラバラな推測値があがってくるのだ。結果的に、作戦はそのまま実行されることになるわけだが、この時のレッドチームの多様な視点から、もう一度メンバーの意思を再確認することができ、作戦を計画するうえでも十分に役立ったのだという。
このように一度取り入れると効果てきめんのレッドチームだが、運用面における難しさも付きまとう。なんといっても、レッドチームの活動は、組織の中核的なミッションに不可欠なものではないため、差し迫った必要がなければたいてい却下されてしまうことも多いという。すなわち「あれば便利だが、必須ではない」というジレンマに襲われてしまう。
だがレッドチームを上手く利用すれば、暗黙の思い込みを顕在化して、大きな脅威を取り除くことも可能になる。彼らは「もしも自分がテロリストだったらどう考えるか」というように前提条件をひっくり返し、意外な発見によって突破口を切り開く。さらにアウトサイダーの目線で検証し、インサイダーの立場で実行する。この点が、何にでも反対するネガティブ勢力や万年野党とは一線を画すのだ。
この他にも、レッドチームに向いている人と向いていない人の違い、一般企業での活用方法から誤った使い方の事例までが幅広く紹介される。その一つ一つから、著者たちのレッドチームを単なるバズワードで終わらせたくないという強い決意が伝わってくる。
本書は、会社組織に属するどのような立場の視線から読んでも興味深い内容になっていると思う。経営サイドや組織を考える立場の人にとっては、内部に自ら「敵」を組み込み、外部の敵を倒すという手法のアクロバチックさに目を奪われるところがあるだろう。また既存の手法に限界を感じながらも競争に立ち向かわなければならない立場の人にとっては、批判をどのように創造へ転化させるのかという道筋がクリアになるかもしれない。
効率的に成果をあげていくためには、組織の命令系統は必要だし、共通の価値観で動けることも重要である。自社の強みを活かしながら、共通の目標達成に邁進することが、大きな成果に繋がることもあるだろう。だが競争相手によっては、その快適な業務プロセスにこそ罠がある。
「敵は我にあり」とは、昔からよく言われる言葉である。しかしそれは自分自身の心の弱さだったり、身内に裏切り者がいるということではなく、組織全体には陥りがちな盲点があり、この点に着目していることがレッドチーム思考のポイントだ。つまり、「自分の技を自分自身にかけることはできない」という割り切りこそがユニークネスであり、自社に閉じこもりがちな組織論に外部との協働という新たな視点をもたらしている。