今日の世界は相次ぐ国際テロに見舞われているが、元をたどれば9.11(米国同時多発テロ事件)の復讐戦として始まったアメリカのアフガン・対テロ戦争に行き着く。アメリカは2001年以来、1兆ドルを超える巨費を投じ、アフガンで14年間にもわたる史上最長の戦争を戦い、2356人の米兵が死亡した(英兵453人、その他の諸国の677人の兵士が死亡)。
その結果どうなったか。アフガニスタンは内戦の瀬戸際にあり、パキスタンは破綻国家への道を歩んでいる。事態はかえって悪くなったのだ。本書は、この誤算続きの戦争を詳述した力作である。
ブッシュ(子)大統領は、アメリカ型民主主義の普遍性(≒人権を抑圧している独裁政権を民主的な政権に置き換えれば民衆は喝采するはずだ)を信じ込み、テロリスト(アルカイーダなど)を匿うタリバン政権を倒せばアフガンは安定すると考えた。タリバン政権が簡単に崩壊したため(タリバンは空軍等近代兵器を持たないので単に大都市を明け渡しただけだったが)、味を占めて同じような理屈でイラクにも攻め込んだ。
しかし、アメリカに協力したムシャラフ・パキスタン大統領とISI(パキスタン三軍統合情報機関)は、アフガン・対テロ戦争が短期に終結すると確信して(短期で終われば、ほころびは出ない)、裏でタリバンを助けるダブルゲームを決め込んだ。
なぜか。それはSD政策(戦略的深み政策、アフガンに親インド政権を作らせないというもの)を信奉していたからだ。SD政策がインドとパキスタンの独立以来の宿痾であることも初めて知った。アメリカは、アフガンの地政、歴史、民族性に昏く、ダブルゲームに気付くのが遅れた。これに対してタリバンは、無学ではあるが無知ではなく、老獪といえるほど政治的にも戦略的にも巧みで、アフガンの歴史、民族の慣習、アフガン人一般民衆の感情にも通じた大地の子だったのである。
本書は、地域の歴史を丹念に掘り起こしながら、個々の軍事作戦の細部に至るまで丁寧な分析を進めていく。当初、タリバンのリーダー、オマルは9.11に反対し、オサマ・ビンラディンをアメリカに引き渡そうとしていた(そのシグナルをアメリカは読み損なった)、オマルは当初はバーミヤンの大仏保護命令を出していた、ビンラディンが隠れ家に潜んでいることは地域の無料ワクチン接種で確認した(この辺りは推理小説のようだ)など衝撃的な事実が明らかにされる。
著者は、アルカイーダの大物を標的に的を絞る作戦に特化していれば、タリバン政権やフセイン政権が存続し人権状況に懸念があるにしても社会は安定しイスラム国の誕生を見ることもなかったと総括する。パキスタンやISIは、パキスタンにとっても危険なアルカイーダを殲滅することに大筋で異存はなく、アメリカがそうしていれば、彼らがダブルゲームの芸当に腐心する必要もなかったのである。
歴史に学ぶべき点は本当に多い。大国の1つの間違った判断が、世界を様変わりさせるのだ。本書は、今日世界中で展開されている対テロ戦争への警鐘をならす必読の1冊であろう。
出口 治明
ライフネット生命保険 CEO兼代表取締役会長。詳しくはこちら。
*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。