もしも、自らが所属する組織の不正を知ったら、あなたは、その不正を正す勇気を持てるだろうか?
幹部自衛官でありながら、自衛隊組織の不正を、正々堂々と通報した男がいる。彼の階級は、3等海佐(以下、3佐)。「自衛隊は噓をついている」と裁判所に訴えたのだ。
2014年4月23日、東京高等裁判所。21歳の自衛官・Tさんの”いじめ自殺”を巡る裁判の控訴審判決が下された。国に約7300万円の賠償命令。一審の440万円を大幅に上回る遺族側の逆転勝訴判決だった。 この控訴審判決に重大な影響を与えたのが、3佐の存在だ。
そもそも3佐は、一審のときに自衛隊側の弁護士役に当たる指定代理人を務めた人物である。
裁判の経過の中で、自衛隊側は、Tさんが自殺した直後に隊員たちに実施した「直筆アンケート」を「破棄した」と主張し続けていた。しかし3佐は、破棄されたはずのアンケートを目撃してしまった。
「これは一体、どういうことか」 この日から”自衛隊の噓”を正すため、3佐の闘いが始まった。
3佐は、破棄したとされるアンケートを出すよう上官に何度も進言し、自衛隊内で手を尽くした。しかし、努力は実を結ばなかった。万策尽きた3佐は、最後の手段に出る。控訴審の最中、裁判所に陳述書を提出し訴えたのだ。
実はアンケートは存在している。自衛隊は噓を認め、証拠を出すべきだ
私は3佐に取材を申し込んだ。そして、初めて会ったときに強く感じたことがある。
3佐は、純粋に自らが所属する自衛隊を愛し、誇りを持って懸命に働く人間だということだ。彼の行動は、決して自衛隊を憎み、組織を陥れるためのものではなかった。
裁判の取材を通して見えてきたのは、自衛隊内での深刻ないじめの問題。そして隠蔽を貫き通そうとする組織の恐ろしさだ。そんな中、混沌とした自衛隊の闇に光をあてるように現れたのが3佐だった。どこまでも愚直に正義を貫こうと働く3佐の姿に、私は感動した。彼に出会い、取材できたことは私の人生の宝だと思っている。
一人の若い自衛官・Tさんが、先輩隊員からのいじめにより命を絶った悲しい事件。
Tさんは、多くのことを訴えかけた。上下関係のもとで行われる深刻ないじめ。見て見ぬふりの上官。そして、不都合なものはひた隠しにする自衛隊の隠蔽体質。
これらは自衛隊に限ったことではないだろう。この裁判の取材記録を残すことで「組織」の中で生きるあらゆる人が、組織の有り方や、自らの仕事を振り返るきっかけになればと思う。
私は、組織のために働いているのではありません。国民のために働いているつもりなので、私の したことに矛盾はないと思っています
3佐の言葉がくっきりと耳に残っている。
大島 千佳