ビジネス書の中でもリーダシップやコーチング論に属する王道のテーマなのだが、着眼に斬新さがある。まさに既知の領域に、フロンティアを見出したような内容だ。
著者はリーダーシップ論の大家として知られるシドニー・フィンケルシュタイン教授。彼はある時、様々な分野における「才能の系図」を辿っていくなかで、重要な事実に気付く。どの業界においても、一流と呼ばれる50人のうち半数近くは、1人かせいぜい2、3人の同じ才能養成者のもとで教えを受けていたのだ。
「新しい会社を次々と設立する人々」がシリアル・アントレプレナーと呼ばれ注目を集めがちな昨今であるが、ここで取り扱っているのは「新しい逸材を次々と育て上げる人々」である。これを著者は、「SUPER BOSS(スーパーボス)」と定義した。本書は、数々の実在するイノベーター達からスーパーボスのエッセンスをひも解き、さらにそれを実践するための手引きを解説した一冊である。
たとえば、NFLの世界では1979年から2015年の37年間に行われたスーパーボウルで、ビル・ウォルシュ、もしくはウォルシュから教えを受けたことのあるコーチが所属するチームは32回出場し、うち17回で勝利している。また、ファイラデルフィア・インクワイアラー紙で18年間編集長を務めたジーン・ロバーツの同窓会では300人の参加者の中にピューリッツアー賞受賞者が16人もいたという。
逸材とされる人材がごく少数の人物からしか生み出されていないのであれば、そこにはまさに差別化を形成するためのポテンシャルがあると言えるだろう。にもかかわらず、オープンになっている情報が少なかったり、成功の指標が明確ではない等の理由で、この概念は見過ごされてきたのである。これを著者は、10年以上の月日をかけてインタビューや調査を敢行し、逸材輩出のメカニズムに迫った。
本書によれば、スーパーボスは3つのタイプに分類されるという。
1:因習打派主義者 目的はあくまでも自分の仕事と情熱だが、関わっているうちに情熱が伝わって直感的に教育できるタイプ。芸術家肌のスーパーボスで、創造的天才と見なされやすい。→マイルス・デイビス(ジャズ)、アリス・ウォータース(料理人)、ジョージ・ルーカス(映画監督)、ラルフ・ローレン(デザイナー)等
2:栄誉あるろくでなし 勝利こそが至上命題であり、部下をこき使い、失敗も容赦なくとがめるタイプ。ただ、勝利のためには最高のチームが必要であることを理解しているため、人材はきっちりと育てあげる。→ラリー・エルソン(オラクル共同創業者)、ロジャー・コーマン(映画監督)、ジェイ・シャイアット(広告デザイナー)等
3:養育者 部下の成功を心の底から気にかけ、自分の育成能力を誇りに思っているタイプ。善意にあふれ、活動家肌のボスである。→ビル・ウォルシュ(NFLコーチ)、マイケル・マイルズ(クラフト社元CEO)、デビッド・スウェンセン(大学教授)、ジョン・スチュワート(タレント)
リーダーシップの本質が矛盾を止揚する点にあることは多くの人に知られるところだが、それならば具体的にどのような矛盾を解決すべきなのかーーその勘所が、本書全体を通して示される。
たとえば第4章のテーマは、「がんこなのに柔軟」。いわば古典的な問いかけとも言える「何を変えて、何を変えないべきか」というテーマに対し、「組織の目的は守りつつも、手段はあらゆる面で絶えず改良するという心構えでいればいいのだ」と説く。
続く第6章では「細部を見ながら部下に任せる」ことについて。ここでは、部下を信じないせいで権限委譲に及び腰になるマネージャではなく、かといって仕事を丸投げするフリーライダーでもなく、第三の道としての「関与型権限委譲」という概念が示される。
さらに第7章では「部下同士に競わせる、助け合わせる」というテーマを主題とする。カルト集団のような内部者意識を植え付けながらも、健全でバランスの取れた競争を促す。その際に率先して成長の手助けをすることが、部下同士が助け合うための「コホート効果」を生み出すのだ。
だがスーパーボスの真価が問われるのは、部下が十分に頭角を現した後だ。驚くくらいに、惜しげもなく育てた部下を放出し、自身のネットワークをオープンなものにしていくのだという。すると、更に有望な人材が磁石のように集まってくるのだ。ここからは、人脈にネットワーク外部性が働いていく様が見てとることが出来るだろう。
思えばソーシャルメディアが登場し始めた頃から、僕の周りにも会社と家庭以外のコミュニティのようなものが数多く現れてきた。それから数年が経ち、今でも続いているコミュニティは、種類こそ違えどリーダーシップが効果的に働いている組織のみである。
つまり会社以外の領域においてもリーダシップを発揮すべき場所というのは増えてきており、しかも会社におけるリーダーシップよりも難易度は高い。往々にしてその種のケースというのは、会社のような強制力が働かないうえに、判断に迫られる選択肢も多いのだ。
本書におけるスーパーボスとは、会社の中でしか通用しないような旧来型のリーダーシップとは異なり、様々な場面で応用の効く視野の広い概念と言えるだろう。古典的な名著の予感を漂わせながら、現代的な課題にも十分応えうる内容に仕上がっている。