これは、日本発の新しいアートの本だ。いま、“コロリアージュ”というフランス発のぬり絵がブームになっているが、“NuRIE”は日本一大きなぬり絵商材なのである。吉水卓さんというアーティストが絵を描き、マルアイさんという山梨県の企業が生産、販売している。2014年3月の発売以来、好評を博し、新作を続々と発表。現在すでに7作品を発売中。日本のみならず海外の展示会などでも好評で、とにかく絶好調のアートである。本書は、そのNuRIEの魅力を余すところなく表現した、初のファンブックなのだ。
まず、本書の紹介の前に、なぜ“コロリアージュ”がブームになったのかについて考えたい。一般的には、高齢者層を意識した従来のぬり絵本とは違い、絵が美しく、達成感が得られるところがウケたといわれている。癒しやストレス解消、脳全体の活性化につながるといったテレビ報道も後押ししたのだろう。また、欧米の新しいものに弱い、日本人ならではバイアスもかかったのかもしれない。
でも私は、店頭のコロリアージュコーナーの影で小さくなっている(ようにみえる)子ども向けのぬり絵売場をみながら、何だかモヤモヤした気持ちになっていた。ぬり絵という文化を大人が取り上げてしまって、子どもそっちのけで楽しんでいるように見えたのである。でも事実からいうと、これは私の思い込みであり、いわば被害妄想だった。子ども向けのぬり絵も進化を続けており、自由な発想でみんなと一緒に遊べる、新しいぬり絵が誕生していたのである。しかも、フランスではなくこの日本から、日本人アーティストの手で!早速、気になる中身をご覧いただこう。
自由な絵である。何色で塗ってもよい。個性が活きるアートである。もともとNuRIEは、A0サイズ(118.9cm×84.1cm)だが、このファンブックには、そのお試し版としてB2サイズ(72.8cm×51.5cm)が2枚入っている。「SEKAI CHEEZE」と「NIPPON PON!!」の2種類だ。ご覧頂いたのは「SEKAI CHEEZE」の解説ページの一部である。「これは自由の女神だねー」とか「カナダではオーロラが見られるんだよー」とか、親子で会話が楽しみながら塗れるようになっている。楽しみながら集中力がつき、知らず知らずに勉強にもなる。さらに、親子のコミュニケーションが深まるのは間違いない。
NuRIEは、いわば子ども向けのコロリアージュである。まだ、そんなジャンルはないが、私としては、本書にその売場をつくるキッカケとなってもらいたい。キャラクターものを中心とした従来のぬり絵だけでは、発想が貧しくなってしまうのではないか。なぜなら、キャラクターは彩色が決まっているからだ。子どものぬり絵も、大人同様、自由にどんどん発展してほしい。紙面を大きくするという画期的なアイデアによって、ぬり絵に新しい意義を持たせたイノベーション商材NuRIE。本国日本だけでなく海外でもブームになって欲しいものである。「フランスから日本へ」の逆があってもいいだろう。
コロリアージュブームの裏にはSNSの普及があると聞いて驚いた。完成後のぬり絵を、Twitterやインスタグラムなどに投稿する人が多いそうなのだ。NuRIEには、投稿作品から優秀作を選ぶ“NuRIE大賞”という定期イベントがある。本書には、その応募作品が18点紹介されている。作品の脇には、製作者のひと言が添えられている。「学童保育クラブを利用している1年生から4年生までの児童45名が、夏休みにみんなで仕上げました。」マジック、サインペン、色鉛筆、絵の具、ボールペン・・・何を使っても良い。自由だから、塗った人や家族の個性が出ていて、作品を眺めているだけで面白い。
また、本書には、NuRIEの世界観を表現するため、制作者側へのインタビューも掲載されている。それを読むと、NuRIEの楽しさの根源が見えてくる。塗るのをより楽しんでもらえるよう「最近、描き込みがどんどん増えている」という。また、単調にならないよう「絵にストーリーをもたせ」ているそうだ。例えば、一緒に塗っている人と話がふくらむことをイメージして、建物のなかに何かを描いたり、イタズラをしている子の隣の子が痛がる様子を描いたりしているそうだ。「楽しさ」は細部に宿るということだろうか。目指すのは、とがったアートではなく「楽しさ」なのである。インタビューから、引用する。
わけわかんないのってオシャレに見えると思うんですけど、お母さんやおばあちゃんに見せても、「怖い」とか「わかんない」って言われてしまうんですよね。でも、それはいやだな、とあるとき思ったんです。
(中略)
子どもやお母さんが一緒にキャッキャして、「かわいいね」「楽しいね」と言ってくれることが、僕にとっては価値があると思っています。 ~本書「NuRIEはだれが描いているの?」より
「ジンクピリチオン効果」という言葉をご存知だろうか。以前、一般にはあまり馴染みがないないはずの物質(=ジンクピリチオン)を配合している、と宣伝したシャンプーがヒットした。名前の響きがよく、なんか「わけわかんない」けど、なんとなく「効きそう」というバイアスがかかったのではないかという分析があるそうなのだ。それとは逆に、NuRIEの制作者側が伝えたいのは、曖昧なアートっぽい価値ではなく、直接心に響くストレートな価値なのだ。ご家族みんなで、その価値を思い切り味わっていただきたい逸品である。
広々としていて彩色が自由なNuRIEは、子どもたちを勇気づける。私は、絵が描けない子どもだった。真実を描かねばならないと思っていたからである。しかし、大人になったいま感じているのは、自分が感じたままを表現することの大切さである。真実は見方によって変わる。時代によっても変わる。一つだけじゃない。誰かと一緒に塗ることで、他の人の彩色を受け入れられるようになれば、何とも美しいことではないか。この画期的なぬり絵を、地方の会社が作っていることも私の興味をひいた。日本の人口は減っているらしいが、東京の人口は増えているそうだ。決められた色で塗ることを、いい加減やめたいものである。