『でっちあげ』というノンフィクションを知っているだろうか。詳しくは私のレビューをお読みいただきたいが「モンスターペアレント」という言葉ができたのはこの事件からだった。学校に対して理不尽な無理難題を突き付け、わが子可愛さに教師ばかりか教育委員会、果ては市や県にまでクレームをつけ、裁判にまで持ち込む。それが正当なものならわかるが、嘘八百を並べ立てていた事件である。
長野県の丸子実業で起こった「いじめ殺人事件」も、このモンスターペアレントが起こした事件であった。
2005年12月、軽井沢に隣接している長野県御代田町で丸子実業高校(当時)に通う高校1年生の男子が自殺した。母親は所属していたバレーボール部内部でいじめがあったことを苦にしていたと証言し、気持ちを書きとめていたノートには「いじめをなくしてほしい」という記述もあった。事実、夏から不登校が続いていた。少年には声が出にくいという障害があり、その真似をされたり、ハンガーで頭を叩かれたりしていたという。
だが高校側はそれに反論し、校長は「いじめとは考えていない」と語り、「母親が言う暴力やいじめと、学校側の認識に違いがあった」と説明した。
これだけを聞くと、また学校が事実を隠ぺいしていじめの実態を把握していないと思いがちだ。多くの少年の自殺は陰湿ないじめが関わっているのは本当のことだ。
少年は遺書を残していた。
「お母さんがねたので死にます」
小さなメモ用紙に走り書きのようなものだった。少年の挙動を不審に思った母親が監視を緩めたすきの自殺だったという。
自殺から一か月、東京弁護士会所属の高見澤昭治弁護士が記者会見し、校長を殺人罪および名誉棄損で刑事告訴した。不登校で欠席日数が続くと2年生への進級が極めて困難になる、など精神的に追い詰めた結果、自殺させたいわゆる「未必の殺人」に当たると主張した。他にも遺族側は、長野県、学校長、いじめをしたとされる上級生やその両親を相手取って1億3800万円あまりの民事訴訟を起こした。
自殺する前、彼は何度も家出を試みている。そのたびに母親は学校に捜索を依頼してきた。家出を担任の責任だといい、大量のビラを作らせ校長や教頭に謝罪を要求する。あまりの異常な母親の態度に周辺からは少年の身を案じる様子がうかがえる。
少年が母親を嫌っていること知っている友人が自宅に泊まりに来るように誘うと、なんと母親まで一緒についてきて泊まってしまう。母親のいないときに、家出の原因やバレー部のこと、学校について尋ねると「バレーもしたいし、学校にも行きたい。どっちも行きたいけど親にダメだと言われているから行けないんだ」と告白した。どうやら家事全般を少年がしなくてはならず、学校に来ることも難しいらしいことがわかった。担任も少年に面談したところ「学校に来たいし部活もしたい」と答えている。
実は、この少年は、というよりこの母親は、県教育委員会こども支援課や佐久児童相談所にマークされていた存在だった。この少年に対する虐待、ネグレクトが推測され、児童福祉の観点から母子分離措置が計画されていたのだが、その矢先、彼は自殺してしまった。
訴えられた被告たちは団結し、遺族側に対し「いじめも暴力も事実無根で、母親のでっちあげ。母親の行為で精神的苦痛を受けた」などとして、3000万円の損害賠償訴訟を長野地方裁判所に提訴した。
母親の行動はエスカレートしていく。いやはや怖い。もっと恐ろしいのはマスコミが弁護士や母親の話を鵜呑みにして、著名なノンフィクション作家が雑誌などに「いじめ」の結果であると評論したことだ。校長や生徒たちは孤独な戦いを強いられていく。
母親の異常な行為は本書を読んでほしい。正直、こんな人が本当にいるのか、と信じられないのだが「困った人」に困らされている人は世の中に多い。
さて、裁判は母親の損害賠償請求に関してはひとりの上級生がハンガーで頭を叩いたことを認め1万円の損害賠償を命じたが、その他はすべて主張を退けた。反対に母親に対して起こした損害請求はほぼ認められた。その上校長が母親と弁護士に対して起こした損害賠償請求も「原告校長の社会的評価を低下させ、名誉を傷付けた」として認められている。
少年が残したメモのような遺書。実はここに彼の本心が書かれていたのだ。長野県特有の方言が読み解くカギとなった。自殺直前の彼の気持ちを思うと、泣きたくなってしまう。
なおこの事件は弁護士によって最高裁まで上告されたが、2013年に上告棄却。判決が確定している。
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先月、英国の独立調査委員会はロシアの元情報将校アレクサンドル・リトビネンコが、2006年に亡命先のロンドンで放射性物質を投与され殺害された事件がロシアの情報機関「連邦保安局」(FSB)による可能性が高いという調査報告書を公表した。福田さんはすでにその事件を調査していたのだ。村上浩のレビュー。