採点:★★★★☆
ジャーナリズムに興味がある人はもちろん、権力に文字通り命懸けで立ち向かう姿を目撃したい人におススメ。
本書は暗殺国家ロシアで「不偏不党」「公正中立」なニュースを発信し続ける独立系新聞「ノーバヤカゼータ(ロシア語で新しい新聞の意)」の設立から現在までの奮闘の記録。なぜ彼らは同僚・部下が次々と暗殺されても、その活動を止めないのか、ジャーナリズムの意義を考え直す一冊。
暗殺国家ロシア―消されたジャーナリストを追う (2010/12) 福田 ますみ |
■感想
大辞泉によると暗殺とは「主に政治上の立場や思想の相違などから、ひそかに要人をねらって殺すこと」とあるので、ロシアで行われていることはもはや暗殺ですらない。なぜなら、その行為は「ひそかに」行われることなく、時には白昼で行われているからだ。「ノーバヤガゼータは創刊以来2人の記者が殺され、1人が不審死を遂げ、契約記者2名、さらには顧問弁護士までもが殺されている。毒物によると思われる奇怪な死を遂げたユーリー・シュチェコチーヒンの件はまだ「暗殺」と言えるかもしれないが、イーゴリ・ドムニコフは自宅アパートの入り口でハンマーで撲殺され、アンナ・ポリトコフスカヤは白昼、自宅アパートのエレベーターの中で射殺されている。このようにジャーナリストに対する犯行は白昼堂々と行われているものも多く、ロシアではジャーナリストになるような人はよほどの向こう見ずの人間とみなされるらしい。
本書の主役となる「ノーバヤカゼータ」は大手紙「コムソモーリスカヤプラウダ」のメンバーが、理想のクオリティ・ペーパーをもとめて1993年に創刊した社員100数十名部数27万部あまりの小さな新聞である。売り上げは当初から順調とはいかず、創刊2年で休刊に追い込まれてしまう。しかし、96年の大統領選挙を機にその支持者を拡大し、他のメディアが財閥系に買収されていく中で独立を保っている。創業メンバーは新聞の配達方法すら考えていなかったようなので、アニマルスピリッツはやっぱり大事だ。ところで、日本でお馴染みのゴルバチョフが資金面のサポーターになっているとは驚き。
本書の後半はベスラン学校占拠事件を追う同紙のエレーナ・ミラシナを中心に展開される。執念ともいえる調査によってこの事件である恐るべき兵器が使われたことが明らかになるのだが、彼女を突き動かしたのは罪の意識と怒りだったようだ。
あの時の気持ちをどう表現したらいいか・・・・・・、まず第一に、罪の意識です。あの場にいて大勢の子供たちが亡くなったのに何もできなかった。それに、テロリストに対する怒りよりも、あのような悲惨な結末を招いた突入作戦を指令した政権や、それを実行した特殊部隊に対して憎悪に近い気持ちを抱いたことも確かです。
「ノーバヤカゼータ」の正社員ではないが、警察の不正を電波少年張りに暴き立てるTVレポーターも興味深い。なにしろこのレポーター殺されかけても、クビになっても諦めないのだ。ツイッター禁止や記者クラブが「問題」になる日本のジャーナリズムとは随分趣が異なる、同僚の死に戸惑いながらも理想を追い求める夢想家達に心打たれる一冊。